【有希視点】
2016年10月22日(土)
高校の同級生、溝部祐太郎。
クラスのムードメーカー的存在。テンション高めのうるさい奴で、しょっちゅう喧嘩をしていた記憶しかない。
今は、大手メーカーに勤めていて、都内に住んでいる。独身生活をお洒落に楽しんでいる『独身貴族』って感じがする。
その溝部が、なぜか最近やたらとまとわりついてきてウザイ。
『鈴木さん、好きでした!』
一年以上前の同窓会でみんなの前で告白したことなんてなかったかのように、高校時代と変わらず、やたらとつっかかってくる(それを払いのけることが楽しい、といえば楽しいけど……)。
そして、私の息子の陽太にやたらと構いたがるのも謎だ。
今日、溝部から車を借りた。陽太の所属する少年野球チームで大きな車が必要だったからだ。
溝部を頼ることに躊躇いがなかったわけではない。自己満足のために食事を奢らせろ、とか意味のわからないことを言われたあとだったから余計にだ。
でも、結局頼ることにしてしまった。野球チームでは、いつも乗せてもらうばかりで、ずっと肩身が狭くて……、それは陽太も同じだったようで、だから、陽太も自分から溝部に連絡したのに違いない。
結果的に、チームの保護者の方々からは口々に「助かった」と言ってもらえたし、何より陽太が嬉しそうだったので、やっぱりお願いして良かった、と思った。
溝部はわざわざ徒歩で陽太の試合を観にきてくれた。でも、残念ながら、今日もまた陽太は活躍できず……。
「Tボールの時はもっと打てたんだよ」
車を返すために行った溝部の実家の駐車場で、落ちこんでいる陽太をフォローしたくて、溝部に対して言い訳の言葉を重ねてしまった。
「バッティングセンターでもすごい打てるの。でも、やっぱりピッチャーからのボールは慣れてないからか……」
「慣れてないって、もう半年やってるし」
陽太がムッとして言う。
「他の奴らは普通に打ってるし」
「でも、他の子たちは1月からだから、陽太より3ヶ月長いしね」
「でも」
「今日もこれからバッティングセンター行こうか?」
「いや、やめとけ」
黙って聞いていた溝部が、手で制してきた。やめとけ?
「なんで?」
「バッティングセンターとピッチャーって、全然違うぞ?」
「はい?」
真面目な顔をした溝部。違うって?
「タイミングとか球の軌道とかな。ピッチャーに慣れてないっていうなら、余計にバッティングセンターには行くべきじゃない。ピッチャーで打てるようになってから、補足的に使うべきだ」
「じゃ……どうすれば」
陽太と二人で溝部を見返すと、溝部は自分の胸をトンッと叩いて、自信たっぷりに言った。
「オレ様に任せとけ!」
………………。
「えー…………」
「えーとはなんだ!えーとは! 元野球部なめんなよ!」
「えー………」
「なんだ、陽太まで! とにかく特訓するぞ特訓!」
張り切って宣言した通り、その後、溝部は実家の庭で特訓をしてくれた。溝部の家ってお金持ちなんだな、と思う。野球練習用のネットとか、庭を照らすライトとか、普通の家にはないものがある。でもだいぶ年季が入ってるところを見ると、溝部が中学の時に買ってもらったものなんだろう。
溝部がピッチャーになって陽太が打つ。ひたすら。何球も。
野球チームの練習でも、ピッチャーに投げてもらっての打撃練習はあるけれど、一人に対してこんなに長時間はない。
「いいぞ!いいぞ!タイミング合ってきた!」
「おお!良いスイング!」
「お前、タイミングさえ合えばかなり飛ぶぞ」
溝部はほめ上手だ。散々ほめちぎられて、陽太も自信を取り戻してきている。
縁側に腰かけて、そんな二人の様子を見ながら、ボンヤリ思う。
(こんな光景に憧れてたな……)
陽太が生まれたのは結婚6年を過ぎてから。ようやく授かった子供だった。生まれる前は「男の子だったら公園でキャッチボールがしたい」「女の子だったらデートしよう」なんて調子の良い事を言っていた元夫。でも、結局育児は私に丸投げで、家にもだんだん帰ってこなくなって……。
女性の陰がチラついていたことにはずっと目をつむってきた。でも、陽太との約束を破って女と出かけていたことが分かった時に、自分の中の何かが切れた。
『あなたがお仕事を再開して、家のことをおろそかにしたから』
離婚話をする中で、元夫の母親には散々なじられた。息子の浮気はすべて私のせいらしい。仕事再開よりも女遊びの方が先なんですけど? と言いたかったけれど、言わなかった。その代わり、
『慰謝料はいりません。別れてください』
そう、言った。知り合いの弁護士に間に入ってもらい、養育費は月4万円、ということで話はついた。
今は実家に格安で住ませてもらっているけれど、そろそろ約束の期限の一年になってしまう。今後、フリーライターという月々の収入に増減のある職業を続けるのには無理があるだろう。この一年、なんとか大きな定期的な仕事をもらえるように頑張ってきたつもりだったけれど、現実は厳しい。
(引き時かな……)
夢も、家庭も、両方手に入れるなんておこがましい考えなのかもしれない。
でも、思ってしまう。
(もし、義母の「孫を作るために仕事を辞めろ」という圧力に負けずに仕事を続けていたら……)
そうしたら、もっとキャリアを積めて、それで……
「!」
バットがボールに当たった快音で、ハッと我に返った。
ボールは勢いよく飛んでいき……、溝部のうちの広い庭を越えて、塀の向こうに消えていってしまった。
「あ……」
「あ……」
「やべっ」
溝部が「大変だ!」と言いながら陽太に駆け寄ってきた。嬉しそう……
「ボール取りにいくぞ! 隣のうちのばーちゃんに謝らないと!」
「う……うん」
二人は、わあわあと「今のはいい当たりだったな!」「自分でも手ごたえあった!」と騒ぎながら門から出て行ってしまい……
「……すごい。越えた……」
誰もいなくなった庭でポツンとつぶやく。
「陽太……一皮むけたな……」
私も変わらないといけないのかもしれない。
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お読みくださりありがとうございました!
真面目な話でm(__)m
続きまして今日のオマケ☆
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☆今日のオマケ・慶視点
おれがベッドに入ると、浩介は読んでいた本を脇に置いて、ニッコニコで言ってきた。
「問題です!11月3日は何の日でしょう?!」
「…………」
おれの彼氏は世に言う『アニバーサリー男』。記念日が大好きだ。
でも、本人の中ではだいぶ押さえているそうで、なるべく言わないことにしているらしい。(うるさく言うのは、付き合った記念日の12月23日だけだ)。
でも、時々こうして言ってくるので、その度におれはウンウン唸ることになる。
(これ、毎年言ってくれたら覚えられるのに、時々しか言わないから覚えられないんだよなあ……)
とも思うけど、毎年言われるのも面倒くさいから、まあいっか……なんて思っていたら、
「今、面倒くさいって思ったでしょ!」
「え」
ズバリ言われて「いやいやいや」と慌てて手をふる。
「そんなことはないぞ。えーっと、11月3日な……、ああ簡単じゃん」
これはさすがに覚えてたぞ! 去年言われたばかりで、去年したばかりだからな。
「初めてキスした日。それから、結婚式の写真を撮った日、だろ?」
「それから?」
「え?」
にっこりと先を促されて、ウッと詰まってしまう。それからってまだ何かあんのかよ……
「それからって……」
「ヒントは、慶がおれに初めてあることを言ってくれた日です」
「あること?」
おれ、何か言ったか?
「あることって……」
「………覚えてないの?」
「…………」
全然わかんねえ……
うーん……と唸っていたら、浩介は「まあ、覚えてないよね。覚えてないと思ったよ」とブツブツいってから、「じゃあ、おやすみ」と、電気を消した。
……………。
気になるじゃねーかよーーー!!!
「……浩介」
「…………」
無視すんなっ!
「答え教えろよっ」
ガシガシと足を蹴ってやると、浩介はようやくこちらに体をむけた。そして、ふわっと包み込むように抱きしめてくれて……
「……愛してるよ」
「………っ」
耳元で低い声でささやかれて、心臓がドクンと跳ね上がる。
(うわ……っ)
と、思ったのと同時に、思い出した。それだ……
「浩介……」
「………」
コツン、とおでこを合わせてやる。
「愛してるよ?」
「………うん」
プッと二人で吹き出してしまう。
そうだった。11月3日は、初キス記念日で、結婚写真記念日で、それから「初めて愛してると言った記念日」。
「愛してるよ……」
「ん」
溢れる愛しい気持ちを伝えながら、そっと唇を合わせる。
11月3日まであと2週間弱。忘れないようにしないとだ………
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次回は3月21日火曜日、どうぞよろしくお願いいたします!
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