『後夜祭の炎の前で手を繋いだカップルは幸せになれる』
そんな学校の七不思議のせいで、後夜祭の前後は学校中でカップルが成立しまくる。
(くそー……)
高校2年生の後夜祭。
クラスで一番タイプの吉田が、隣のクラスの男と手を繋いでいるのを見かけてしまい、1人落ち込んでいた。普段仲の良い山崎は、後夜祭には参加せずさっさと帰ってしまっていて、斉藤は当然、夏休み前から付き合っている彼女と一緒で、渋谷と桜井は………
「……あいかわらずだな、あいつら」
校庭の隅の植木の間に2人で座ってジュースかなにか飲んでいる。せっかくの後夜祭、男2人でいて何が楽しいんだか……
(オレも帰ろ……)
あーああ、と思いながら、炎と騒めきを背に校庭を出る階段をのぼり、校舎裏の駐輪場に向かおうとしたところだった。
「………あれ?」
中庭の、校歌が刻まれた石碑の前に、同じクラスの鈴木が一人で座っているのが目に入った。じっと、校庭の炎のほうを見つめている。
(なんだ。あいつも一人か)
よし。からかってやろう。
普段から喧嘩ばかりしている鈴木。生意気な女だけれども、1言えば10返ってくる感じが気に入っている。遠慮せずに言いたいこと言い合えていい。鈴木と喧嘩でもしたら、このクサクサした気分も少しはスッキリしそうだ。
「………おーい。そこの寂しい……」
近づいて、言いかけて………
「!」
立ち止まった。
「なに……」
心臓を鷲掴みにされる、というのはこういうことを言うのか、と思う。
「なんだ……?」
苦しくて、胸のあたりをつかむ。
(鈴木……泣いてる……)
こぼれ落ちる涙をぬぐいもせず、鈴木はじっと炎を見続けていた。
鈴木の横顔……。整った顔立ちをしていることは知っていた。でも、そういうことじゃなくて……
(なんて綺麗な……)
オレはそのまま、時間も忘れて鈴木の横顔を見続けていた。
それから……
なるべく、なるべく今まで通りにしよう、と心掛けて、喧嘩をふっかけたりしていたけれど、今までと違う鈴木への特別な思いは、どんどんどんどん膨らむばかりで……
(オレ、鈴木のこと好きなんだ)
そう自覚するのにたいして時間はかからなかった。自覚したなら、行動のみ。そう思って、クリスマスイブにパーティーを企画した。二つ返事で「行く」と言ってくれたことに、かなり期待していたのに……
「私、大人の男にしか興味ないんだよね~」
パーティーの最中、鈴木がアッサリと言い放った。グサッと長剣が突き刺さったオレのことなんて気が付くわけもなく、鈴木が言葉を続ける。
「でも、雅ちゃんのことはもう諦めついた」
「雅ちゃんって、山元先生?」
山崎の問いに、鈴木がコックリと肯く。
「ずーっと狙ってたんだけどね」
「ああ、山元先生、水戸先生と結婚するって噂だよね」
「噂じゃなくて、ホント」
鈴木が苦笑気味に言う。
「文化祭の時に本人からきいた」
「あ、そうなんだ……」
「…………」
文化祭の時……
あの涙は、山元を思っての涙だったのか……。
山元……誰もが認めるハンサムな顔立ちの爽やかな日本史教師。
「前の恋を忘れるには次の恋、だよね。カッコいい先生赴任してきてくれないかなあ」
「なんで先生限定?」
「あ、別に先生じゃなくてもいいのか。でも自転車通学だから、駅員さんに会うわけでもないしさあ……」
鈴木は明るく言いつつも、目はまだ寂しそうなままで……
オレは……オレは何もしてやれない。あの時、泣いていた鈴木を慰めることもできなかったし、今もまだ辛そうな鈴木を救ってやることもできない。鈴木は「大人の男にしか興味がない」のだから。無駄に思いを打ち明けて、せっかくの今の心地よい関係が崩れるのも嫌だし、何より、自分が傷つくことに平気でいられる自信もない。
「よし。じゃー今日は鈴木の失恋を記念して飲みましょう」
「失恋言うなっバカ溝部っ」
バシッといつものように叩かれ、「いてーな!怪力女っ」といつものように返して、それで……それで。
オレはずっとずっと、鈴木に呪縛され続ける。
***
「卒アル見せてー」
鈴木の息子・陽太に頼まれて、久しぶりに高校の卒業アルバムを引っ張りだしてきた。
あれから何年経つんだ?25年?
まさか、こうして鈴木の息子を預かる日がくるなんて、あの時は夢にも思わなかったな……
「あ、いた。鈴木」
「わーお母さん、若いーかわいいー」
「でも基本、全然変わってないよな」
渋谷と陽太が二人で盛り上がっている。
まさか、後夜祭でも二人きりでジュース飲んでいた渋谷と桜井が同性カップルになって、今も同棲しているなんて、夢にも思わなかった……
陽太が「あ、そうだ!」と手を打った。
「先生見たい、先生」
「先生?」
「おばあちゃんが言ってたんだけど、お父さん、お母さんの高校の時の先生に似てるんだって」
「…………え?」
すっと、血の気が引く。
それは、まさか………
「先生の集合写真のページあったよな。……あ、ここだ」
「えーっと……」
渋谷が開いたページを、陽太はじっとみつめて……
「あ、この人かも。っていうか、絶対この人」
「あー……」
陽太の指さしたその先には……
「ああ、懐かしいな。日本史の……なんだっけ?」
「ああ」
渋谷の言いかけた言葉を受け継ぐ。
「山元、だな」
山元……だ。
「ああ、そうそう、山元雅ちゃん」
「へー。すごい似てるー」
「…………」
そうか。そうなのか……
鈴木……。お前も、あの頃の想いに呪縛されてたんだな……
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続きまして今日のオマケ☆
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☆今日のオマケ・慶視点
卒業アルバムなんて久しぶりに見た。
おれと浩介は高2の時だけ同じクラスだったので、卒業アルバムは別々のページに載っている。でも、唯一、修学旅行は高2の時だったので、このページにだけ一緒に写った写真がある。
『おれ達にはどんな将来が待ち受けてるんだろうなー?』
松陰神社で、長谷川委員長が空に傘を突き上げて叫んでいた言葉を思い出す。
あの時おれは、どんな将来が待ち受けているとしても、おれの隣には浩介がいると信じたい、と思った。祈るように、思った。思いは、叶う。
『慶ー寂しいー』
浩介からのメールに苦笑してしまう。せっかくの『付き合った記念日』なのに、浩介がインフルエンザになったため、おれは溝部の家に避難しにきているのだ。
『うちに帰ってきてー』
「…………」
うちに帰る。そう言えることが、何よりも嬉しい。
うち。おれと浩介の、『うち』。
『わかった。ちょっとだけ帰るから』
そう書くと、たまらないほどの温かい気持ちに包まれた。
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