真剣にプロポーズしている、という溝部。
本当に真剣な表情のまま、言葉を継いできた。
「オレ、かなりのお買い得物件だぞ? そこそこ貯金あるし、40代平均年収よりも稼いでるし」
「え……」
「その上、顔もいいし、健康だし、深酒はしないし、煙草はやらないし、ギャンブルもやらないし、それから……」
「ちょっと待って」
まだ何か言おうとしている溝部を手を振って止める。
「なんだよ?」
「なんだよ、じゃないでしょ。全然笑えないんですけど。その冗談」
「…………」
溝部はじっとこちらを見てたかと思ったら………
「あー……」
大きく息を吐いて、ゴンッとテーブルに額をつけてつっぷした。な、なんなんだ。
「ちょっと……溝部……」
「なんでかなあ……」
「え」
ボソボソと続く声。
「オレ、本気なのに、なんで冗談って思われるんだろう……」
「本気って……言ってること変……」
「変じゃねえよ」
テーブルからゆっくり顔をあげた溝部。真剣な顔……だけど……
「……ぶっ」
こらえきれず笑いだしてしまった。おでこにピーナツの皮がへばりついてる! 真剣な顔とおでこのゴミのミスマッチが余計におかしい。
「何笑ってんだよっ」
「だって、おでこ……っ」
ケタケタ笑いが止まらない。ムッとしている溝部のおでこを指差す。
「おでこにピーナツの皮ついてるよっ」
「え、どこ」
「ここ」
テーブルの下にあったティッシュをとって、溝部の額を拭いたところで………
「……鈴木」
「!」
いきなりその手を強くつかまれ、ドキッとする。真剣な、瞳……
「オレ、本気だから」
「…………」
「お前もちょっとマジで考えてみて」
「…………」
そんな……そんなこと……
「急に言われても……」
「急じゃねえだろ」
つかまれていた手の力がゆるみ、「つかむ」から「にぎる」に変わる。
「オレ、去年の夏に言っただろ」
「…………」
去年の夏……同窓会のことだ。
『鈴木さん、好きでした!』
確かに、言われたけど……。でもそれは高校生の時、ということでしょ?
しかも、後日の飲み会で私はさんざんのろけ話をしてやった。本当は結婚生活は破綻していたけれど、強がって幸せのフリをしたのだ。そして、溝部もあの時「オレも頑張ろ~」って、合コンで知り合った女の子にアタックするとか言ってたし………
「さっきお前、ピーナツの殻剥いてくれただろ?」
「…………」
小皿に残ったピーナツ。そして、大皿のわきのピーナツの殻……
「やっぱりいいな~って思ったんだよ。こうやって一緒に飲んだり、ピーナツ剥いてくれたり………」
「…………」
「こうやってお前と毎日一緒にいられたらって……」
「…………」
「高校生の時に思ってた未来が本当になったらって……」
「…………」
何だろう……何か……モヤモヤする……
溝部が見ているのは高校生の時の私でしかないだろう、というモヤモヤ。それとは別にも何かモヤモヤ……
そんな私の心中に気がついた様子もなく、溝部は両手で私の手を包み込んできた。大きな、分厚い手………
(…………あ)
その手を見て………思い出した。
夫の職場近くの喫茶店……こうして、職場の女の子の手を包み込んでいた夫の横顔……
(一緒だ……)
手慣れてるって感じがする。
溝部も、こうして色々な女の子を口説いてきたんだろう。元夫みたいに……
「鈴木?」
「…………………」
「どうし………」
「あ~~ムカツクわ~~」
「え」
思いきり手を引き、その温かいぬくもりから抜け出す。
プロポーズなんて言葉を軽々しく言った溝部に腹が立つ。バカにするな!
でも、それより何より、
(ムカツクー!)
さっきドキッとしてしまった自分にめちゃめちゃ腹が立つ。なんで溝部ごときにときめいてんだ私!
腹立ちのまま、溝部を睨み付ける。
「落ちやすそうな出戻りに声かけて、さみしい一人暮らしから抜け出したいって?」
「え……っ」
「おあいにくさま! こっちにだって選ぶ権利くらいあるから」
「す……っ、痛っ」
もう一度伸ばしてきた手を叩き落とし、
「ばーか」
「わ……っ」
手元にあったピーナツの殻を溝部の額に向かって投げつけた。元バレー部のスナップなめんなよ。
「わっ、ちょ、鈴木……っ」
「くらえバカっ」
「痛い痛いっ!地味に痛いんですけど!?」
「ふざけんな、バカ」
「ちょ……っ、鈴木?鈴木さん!?」
あああ、ムカツク!ムカツク~~っ!
「わ、お母さんなにやってんの?ケンカ?」
戻ってきた陽太が楽しそうに言うまで、私は延々とピーナツの殻を溝部に投げ続けていた。
***
そんなことがあってからの約2週間……
溝部は性懲りもなく毎日のようにラインを送ってきた。一応読みはしたけどほとんど返事はしなかった。
それなのに、仕事で一泊家を空ける間、陽太が溝部の家に泊まりに行くことになってしまって……。
23日の朝、溝部が一人暮らしをしている都内のマンションを陽太と一緒に訪れた。
あんなことがあった後なので、ちょっと気まずい。救いは渋谷君もいるということだ。
渋谷君は一緒に住んでいる恋人の桜井君がインフルエンザにかかってしまったので、溝部の家に避難中なのだそうだ。
ラブラブな二人のこと、ラブラブ看病でもするのかと思いきや、渋谷君は小児科のお医者さん、桜井君は学校の先生のため、インフルエンザにかかった場合は、治るまで別居することにしているそうだ。そのプロ根性素晴らしい。
「まあ、渋谷君いるから安心……」
「何だよ!オレ一人じゃ信用できねーっつーのかよ!」
ボソッと言った言葉に、速攻で突っ込んでくる溝部。安定のウザさ。態度が変わってなくて有り難いといえば有り難いけれど……。
「だって、親にとって、子供を預ける時に一番心配なのは、子供が体調崩したらどうしようってことだもん。お医者様がいてくれるなら、本当に安心だよ」
陽太は小さい頃は喘息の薬を常用していた。スイミングを習わせたのが良かったのか、単に体が強くなってきたのか、症状が出る回数は減り、小学校入学のタイミングで薬からは卒業したけれど、やはり心配は心配だ。
溝部は素直に「なるほど」と手をうつと、
「じゃあ、そこらへんは渋谷先生、よろしくお願いします」
「先生言うな。気持ち悪い」
渋谷君が苦笑して、こちらをふり仰いだ。
「アレルギーとかは?」
「大丈夫、な、はず」
「はずって!」
またしても速攻のツッコミ。ホントウザい……。
「ねー、あんたのそのツッコミ癖、どうにかなんないの? ほんっとウザいんですけど」
「気にするな。慣れろ」
「…………。陽太、溝部に変な影響受けないようにね」
「分かってる」
コックリとうなずいた我息子。嬉々として溝部が陽太の頭をグリグリし始める。
「分かってるって陽太~~っ」
「うわ、やめろ溝部っ」
陽太、楽しそうだ。なんかやっぱり複雑……。
「じゃあ、すみません。よろしくお願いします」
「おお」
軽く手を挙げた渋谷君。あいかわらずイケメン。
「駅まで送ってくぞ」
「え、いいのに」
「いいからいいから」
車の鍵と私のカバンを勝手に持って玄関に向かう溝部。あいかわらず強引。
その強引さに甘えてちゃんとお礼を言っていなかった、と今さら気が付いて、車に乗りこんだ時点で迷惑をかけるお詫びとお礼を言うと、
「何いってんだよっ」
溝部はアハハと明るく笑って、
「いくらでも頼れって書いただろー」
「…………」
いくらでも頼れ?
そんなこと書いてあったっけ?
「え、どこに?」
「おーまーえー」
ガックリと肩を落とした溝部。
「二週間くらい前のラインに書いただろ……」
「え、そうだっけ?」
流し読んでるから記憶にない……
「ごめん。覚えてない」
「ひでー……お前もうちょっとオレに興味持てって」
「ごめん。持てない」
「お前なあ……」
ったくー……と言いつつ、溝部はくくくと楽しそうに笑いだした。
「まあ、とりあえず頼ってくれて嬉しい」
「…………」
「仕事頑張ってこい」
「………ありがと」
その意味の分からない好意に甘えるのはモヤモヤする。利用するようで申し訳ない気もする。でも、今は……有り難い。
電車に乗ってから、あらためて溝部のラインを読み返してみた。ずらずらとたくさんあるから読み返すのはちょっと面倒だ。そんな中、
「あ……、これだ」
思わず声が出てしまった。
『困ったことがあった時に、一番に思い浮かぶ相手がオレでありたい』
『いくらでもオレに頼れ』
…………。
「溝部……」
こんなこと書いてくれてたんだ……
くっと胸が詰まったような感覚がくる。
でもそれと同時に笑いも起こってしまった。
(こんな素敵な言葉、読み落とされちゃうってどうなのよ……)
それが溝部らしいといえば溝部らしい。
「ほんとバカ……」
久しぶりに、心が温かくなった。
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お読みくださりありがとうございました!
続きまして今日のオマケ☆
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☆今日のオマケ・浩介視点
おれがインフルエンザになってしまったため、別居中のおれ達……
慶は様子を見に来てくれて、着替えさせてくれたり、洗濯、洗い物、掃除をしてくれるけれども、マスク着用でほとんど話さない。必要以上には触れてくれない。しょうがないこととはいえ、さみしい……
3日目の夕方……。
熱は下がっているけれど、食べられなかったせいか体力が落ちていて、むしろ熱があったころよりも朦朧としていた。
(あー……今日は記念日だったのになあ)
12月23日は付き合った記念日。いつもならば食事に行ったりするのに……
慶はおれをベッドの上に座らせ、淡々と、蒸したタオルでおれの体を拭いてくれ、新しいパジャマに着替えさせてくれる。
(慶……お医者さんみたい)
って、本当に医者だった……って当たり前のことを思う。
でも、本当に、おれは単なる患者って感じで、この着替えも作業でしかなくて……
(慶は寂しくないのかな……)
溝部と楽しく過ごしてるのかな。溝部がラインで教えてくれたけど、今日から鈴木さんの息子の陽太君が来てるんだもんな。楽しそうだな……
会えない寂しさと、朦朧とした頭とで、なんだか泣きそうになっていたのだけれども……
「………浩介」
ぼそっと小さなつぶやき……
そして。
「!」
後ろからぎゅっと抱きしめられた。
(………慶)
愛おしい気持ちが伝わってくる。その愛に包まれていると実感できる……
でも、そのぬくもりはすぐに離れてしまった。そして容赦なく寝かされてしまう。そのまま、また、淡々とした作業に戻り、慶は出て行ってしまった。
「慶………」
でも……背中が温かい。
離れていても、少しの時間でも、その愛は確かにここにある。
「早く良くならないと……」
よくなったら記念日のお祝いをしよう。どこに行こうかな……
そんなことを思っていたら、いつの間に眠っていた。
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お読みくださりありがとうございました!
また遅刻(涙)
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次回は3月31日金曜日、どうぞよろしくお願いいたします!
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