【有希視点】
2016年10月10日(月)
バーベキュー翌日の夜、約束通り、溝部からラインが入った。
『陽太、今ゲームできる?』
伝えると、陽太は「しょうがねえなあ」といいながら、嬉しそうにゲームを立ちあげた。
溝部から誘われるかもしれないから、と、いつもは言っても言ってもなかなかやらない宿題を今日は自分から終わらせていた陽太。その点では有り難いといえば有り難いけど……。
陽太は、真剣な顔をしていたかと思ったら、急に 叫んだり笑ったり。自分がやらないので、まったく分からない世界だ。
一時間くらいしてからそれは終わったようで、
「あーあ。まだやりたかったのに、『お前の母ちゃん恐いからまた今度』だって」
「…………」
また今度!? 恐いって……
「え、話できるの?ゲームの中で?」
「うん」
「へえ~……」
知らなかった。すごいな……。と、文明の発達に感心していたところで、
『陽太のおかげで欲しかった装備揃えられそう。サンキューなー』
溝部からラインが入った。装備ってなんだろう……
こちらが返すよりも早く、次のメッセージ。
『お礼に飯おごらせて』
………………は?
『陽太、何食いたい?』
………………。
画面をみて固まってしまった……。
なんだろう……
嫌悪感……までは大袈裟だけど、なんかゾワッとくる感じ。
陽太に父親を思い出させたくない、父親を連想させるような大人の男の人と接してほしくない、という気持ち。
それに……
『今だから言います! 鈴木さん、好きでした!』
去年の6月の同窓会で、溝部がみんなの前で言った言葉を思いだす。
聞いた時には、「いつも喧嘩ばかりしていたのに、何をいいだすんだこいつは」って感想しか持てなかった。それにその後、渋谷君と桜井君の家で飲んだ時も、溝部は今までとまったく態度が変わらなかったし、先日のバーベキューでも同じだったし、あの告白は冗談だと思うことにしたんだけど……
(こう誘われると……)
恋愛から離れて15年以上……。鈍った恋愛アンテナではよく分からない。分からないけれども、もしかして、陽太に近づいたのも、私に近づくためだとしたら、嬉しそうにしている陽太がかわいそう過ぎる。
心を決めて、『お礼は結構です』とだけ入れた。……が。
「……うわ」
速攻で、『そんなこと言わず』とか、『うまいもん食わせてやる』とか、矢継ぎ早にメッセージが入ってきて(溝部、スマホ打つの早すぎ)、しまいには、
『別にお前来なくていいし。陽太と行きたいだけだから』
とまで書かれてしまった。その後も、直接会ってやった方が連携とれやすいから会ってゲームがしたい、だの、またキャッチボールしたい、だの……
(……だよね)
私目当て?とか考えたのが恥ずかしくなってきた……。あの告白が本当のことだとしても、それは高校生の時の話だ。現役女子高生の私ならともかく、こんなオバサンには興味ないだろう。溝部は、有名メーカーにお勤めだし、金回りも良さそうだし、女に不自由はしていないに違いない。
(……結構お洒落だしね……)
ふっと、元夫の姿が目に浮かんで首を振る。
やっぱり、大人の男の人と陽太を会わせたくない……
『ごめん。行きません。行かせません』
そう打つと……しばらーくたってから、ポツン、と返事がきた。
『わかった。しつこく誘ってごめん』
……………。
あ、なんか申し訳ないことしたな……と、ちょっと胸のあたりがキュッとなったのに……
『でも、礼しないと気が済まねーんだよ。オレの自己満足につきあえ。いつでもいいから連絡待ってる』
……………。
「……………うざっ!」
やっぱり溝部、うざいーーーー!!
【溝部視点】
2016年10月20日(木)
恋というのは、一目惚れから始まるものだと思っていた。高校2年生のあの時までは。
(あの時…………)
心臓を鷲掴みにされる、というのはこういうことを言うのか、と思った。
高校2年生で同じクラスになって以来、ことあるごとに対立していた生意気な女、鈴木有希。
綺麗な顔はしているけど、可愛げがない。色気がない。サバサバしていて男っぽかったから、バレンタインにチョコをたくさんもらうくらい女子からモテていた。
オレは子どもの頃から、可愛いくて女の子らしい子が好きで、恋の始まりは必ず一目惚れだったので、鈴木のことはまったく眼中になかった。でも、その、打てば響く会話を楽しんでいたことは否定はできない。同性の喧嘩相手、って扱いだった
でも、あの時……偶然、一人静かに涙を流し続ける鈴木の横顔を見て……オレは恋に落ちた。
元々好きだったのを、その涙で自覚したのかもしれないし、今で言う『ギャップ萌え』というやつだったのかもしれない。それは分からないけれども……
とにかく、それからのオレの恋愛人生は、鈴木有希に呪縛されることになる。
***
「オレ、何か失敗しました!?」
「うーん……失敗はしてないと思うんだけど……」
「いや、さすがにしつこいんじゃねえか?」
「まあでもさあ、いつでもいいからって書いたんだから、まだ気長に連絡待とうよ」
「だな。まだ10日だろ」
桜井&渋谷カップルが呑気にいうのに、食いついてやる。
「まだ10日、じゃない!もう10日、だ! お前ら他人事だと思ってー!」
「まあまあ、溝部、お腹空いて気がたってる?」
「先食うか?」
「いや、いい」
今日は木曜日。毎週木曜の夜はいつも一人だという山崎の都合に合わせて、桜井と渋谷の家に集合をかけたのだけれども、8時になっても山崎がまだ来ていないのだ。
「ゲームして待ってる」
「それ面白い?」
コーヒーのおかわりを入れてくれながら聞いてきた桜井にコックリとうなずく。
「こないだ陽太とやって色々教えてもらってから俄然面白くなってきた」
「へえ……」
そうなのだ。鈴木と会いたいというのはもちろんあるけれども、陽太に会いたいって気持ちも同じくらいある。オレにもし息子がいたらこんな感じかな……なんて思って嬉しくなってくるのだ。陽太は鈴木に似て、小学4年生ながら、打てば響く会話ができるのもいいし、キャッチボールも楽しかったし、ゲームも………
「あああ!!!」
画面を見て叫んでしまった。陽太が集会所に招待してくれた!! あわてて行ってみると、
『みぞべの車、何人乗り?』
久しぶり~~の挨拶もなく、いきなりの質問。戸惑いつつも、
『8人乗り』
『ト○タのア○ファード』
答えると、しばらくの間の後、
『あさって、車かりれる?』
??? 何なんだろう? 分からないけど、『大丈夫』と答えると、
『あとでお母さんから連絡する』
お!? なんだなんだ!?
でも、その前に!
『みぞべ、レベル上がったな』
『なんかやりたいことある?』
陽太からの誘いに俄然、テンション上がってきた!
『ある!』
あとで連絡? 車? 何でもいい!
よし。一歩前進しそうだ!
「あ、山崎きた」
「溝部、ご飯……」
「悪い!」
二人の声に速攻で答える。
「先食べててくれ! オレはこれから狩りに行く!」
「はあ?」
「へえーホントにそういうこと言う人いるんだ……」
何とでも言え!
呆れた感じの二人の声を無視して、オレは狩りにいく。陽太と一緒に。
一時間後、陽太と別れた直後に、鈴木からラインが入った。
『車を貸してください』
『陽太の野球チームでいつも車出してくれる人の一人が、今度の土曜日どうしてもこられなくて』
『子供たくさん乗せたいんだけど、車、土禁とかじゃない? もちろん清掃して返すけど、少し汚れても大丈夫?』
おお、なるほどなるほど……
『全然大丈夫! 運転手付きでお貸しします』
ウキウキして答えたら、速攻で、
『運転手いらない。全然いらない。絶対いらない。車だけ貸してよ』
…………。なんだとーっ!
『オレも陽太の野球みたいんだけど!』
『無理』
『なんで!?』
『対戦相手の学校の駐車スペースが限られてるから、まとまって車で行くの。保護者含めて、もう定員オーバー』
…………。だったら!
『じゃあ、オレは歩いて行く。場所教えろ』
『はあ?なんでくるの?バカじゃないの?』
『誰がバカだ!小学校だったら別に行けるだろっ教えろっ』
『行けるけど、山の上だよ。かなりの急坂』
『元ワンダーフォーゲル部なめんな。町中の坂なんか普通に登るわ』
『え、あんたワンゲルだったの?』
『去年言っただろ!』
『そうだっけ?覚えてない』
『お前もっとオレに興味持てよ!』
『1ミクロンも持てない』
ああ……やっぱり鈴木だなあ。このノリ、懐かしくて、嬉しくなってしまう。
『来てもいいけど、隠れて見ててよ? 絶対に陽太と私に話かけないでよ?』
『わかったわかった。変装してく』
ああだこうだとやり取りの後、土曜日の朝に鈴木の実家に車を届けることになった。
子供の少年野球の応援に行く、なんて、高校時代に描いていたオレの将来そのものだ。
そして、横に鈴木がいてくれたら、もう言うことはない。完璧だ。
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お読みくださりありがとうございました!
溝部君、中高は野球部でしたが、大学はワンゲル部でした。鈴木さんは中高バレー部。大学はスキー部です。
続きまして今日のオマケ☆
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☆今日のオマケ・浩介視点
溝部と陽太君がゲームをしているのを見て、やっぱりちょっと羨ましいな、と思う。
と、いうのが、おれと慶には共通の趣味が一つもないからだ。
高校時代は「バスケ」という共通点があった。でも、正直、おれはバスケがすごく好きだったわけではなくて……自分の中にあった「高校3年間バスケ部」という目標を達成したら、もうバスケへの情熱は冷めてしまった。以前勤めていた高校ではバスケ部の顧問をしていたけれど、それはプレーヤーとしてではなく、監督としてだったので、それはそれで面白くはあったけれど……
(おれといて楽しいのかなあ?)
そんなことを時々考える。
山崎と戸田菜美子先生は、映画の好みが合うそうで、よく一緒に映画を観に行ったり、ビデオを借りてみているらしい。
鈴木さんの親友の小松さんとその旦那さんは旅行が趣味で、月に一度は小旅行、年に一度は海外旅行、と決めているそうだ。
おれと慶は、映画の好みも違うし(慶はアクション物が好きだけれど、おれはヒューマンドラマが好き)、旅行も、慶は食べる系、おれは歴史系。唯一、温泉でのんびり、は二人とも好きかな……
こうして家にいても、おれは本を読んでいることが多いけれど、慶はテレビを見ていたり、仕事をしていたり、筋トレをしていたり……
「何? どうかしたのか?」
「あ、ううん……」
ソファーに座って本を開きながら、慶が柔軟をしているのをぼんやり眺めていたら、終わったらしい慶に声をかけられ我に返った。
「あいかわらず体柔らかいなあと思って……」
「そりゃ毎日の積み重ねだ。お前も毎日やればこんくらいになるぞ」
「あ、耳が痛い」
大袈裟に眉を寄せると、慶はクスクス笑いながら、テレビをつけて、おれの横に座った。いつも見ているニュース番組のスポーツコーナーの時間だ。でも、
「もし寝たら起こしてくれ」
そう宣言すると、体をずらして、おれの膝にとん、と頭を預けてきて……
(膝枕、だ)
今さらながらキュンとなる。読んでいた本を閉じて、ゆっくり慶の頭を撫でる。
「寝たら起こしてって、寝る気満々じゃん」
「いや、寝ない。寝ないぞ」
言いながらも目がつむりそう……。愛しい気持ちでいっぱいになりながら頭を撫で続けていると、
「あー……」
CMを見ながら、慶がボソッとつぶやいた。
「お前がいるっていいなあ……」
「……え?」
聞き返すと、慶はおれの膝を撫でながら、しみじみ、というように言った。
「こういうの、至福の時っていうんだろうなあ」
「慶……」
「あ、はじまった」
パチッと目を開けた慶。興味のあるニュースらしく、真剣に見ている。
(………至福の時、だって)
お前がいるっていいなあって……
慶は、おれが「いる」だけでいいんだ……
おれも慶がこうしていてくれるだけで、それだけで、幸せ。
閉じていた本を左手で開いて、読書を再開する。右手で慶の頭を撫でながら。
二人、違うことをしていても、同じ空間にいられるだけで、それだけで幸せだ。
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お読みくださりありがとうございました!
趣味の違う2人、でも一緒にいられるだけで幸せ^^
クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!!泣けます……感謝感謝でございます。
毎週火曜日と金曜日の朝7時21分頃に更新する予定です。
次回は3月17日金曜日、どうぞよろしくお願いいたします!
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