「そうですか。ただ、それは自分で調節したり出来るもんじゃないですよね」
うっすらと笑った恵理を佐世子がカウンター越しに神妙な顔で見つめる。
恵理が背筋を伸ばしながら佐世子に正対し、目を合わせた。平手で叩かれるくらいは覚悟した。しかし彼女の予測は外れた。
「息子が、正志が大変ご迷惑をおかけしました。林田さんは殺人未遂の被害者です」
佐世子は深々と頭を下げた。
「吉川さん、頭を上げてください。謝らなければならないのはこっちですから」
恵理が慌てた様子で促したのが聞こえたのか、佐世子はゆっくりと頭を上げた。
「私がこの事件の原因を作りました。なぜ川奈さんが月に2、3回程度訪れるだけの居酒屋の中年女を頼ったかは良くわからないのですが、今にしてみればきっぱり断るべきでした。そうすれば、どこかのマンションなりアパートを借りていたはずですから」
恵理の淡々とした口調の中に後悔が滲んだ。
そ
「何故なんでしょう。アパートを借りたことには何の疑いも持ちませんでした。それも個人的に親しいとも言えない女性の家に」
佐世子の顔には困惑と未練が入り混じっていた。
「正直、これまでに何度か同じようなことがありました。独身も結婚している人もいましたけど、大抵はもっと親しい間柄でしたね。片想いや両想いだったことが多いです。ただ川奈さんの場合、たまにくるお客さんという印象で、川奈さんも私を好きだったかといえば、そうでないような気がします。こればかりは川奈さんがいないので確認しようがないですが」
恵理の言葉にはそれなりの説得力があった。常連客とも言えないような中年男が彼女を頼って転がり込んできたのだから、相当な違和感があっただろう。