「まさか50を切らすようなことはしないですよね」
佐藤の顔は不安に覆われている。
「君らしくもない。ポイントの5や10動かすことがあるのは君もよく知っているはずだ。その判断が出来ないなら私は単なるインタビュアーだよ。確かに私は演技について全くの素人だ。しかしそれでいい。才能鑑定がプロであれば。一流であればそれでいい」
佐藤は沈黙していた。体の動きも止まっている。その様子を見て藤田は笑顔を作った。
「ほら佐藤君。応接室にケーキでも持っていってやりなさい。待たされると人は不安になるものだ」
「そうですね。いま持っていきます」
佐藤は再び動き出し、鑑定室から出ていった。
佐藤は応接室の前で一旦立ち止まった後、ノックして入りケーキと紅茶を運んだ。
「美味しいですよ。遠慮なく食べてください」
佐藤の笑顔がややぎこちない。二人が手をつけようとしないので佐藤がもう一度促すと、彩乃がケーキを一口食べた。
「美味しいです」
彼女は微笑んだ。少しだけ場が和んだ。しかし、それも束の間のことだった。藤田が応接室に戻ってきた。藤田は彩乃の前に封筒を置いた。
「この中に数値が記されています。当初のご依頼通り、女優を職業に出来るかどうかに対する、こちらからの鑑定結果です。ここで見ても構いませんし、自宅に帰ってからゆっくり確認するのもいいでしょう」
藤田は優しい口調で彩乃に語りかける。
「彩乃、家に帰ってからにしようか」
母が娘に問い掛けた。
彩乃は母親の顔を見てから、藤田に目を向けた。
「ここで確認します」
彩乃の声に迷いの色はなかった。
「分かりました。では確認して下さい」
彩乃がハサミを入れ、中身を取り出す。佐藤は彼女の期待と不安の混じった顔を見た。彼はこの瞬間が苦手だ。藤田のもとで働き始めて2年が過ぎたが、この痛々しさにはなれることが出来なかった。
彩乃の眼が数字の上に止まった。両手が小刻みに震えている。
「彩乃、どうした?」
母親が娘を不安げに見た。
「64」
彩乃の声はかすれていた。
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