ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

若い罪(61)

2020-11-15 22:30:04 | 小説
それにしても、あの人に店に少し通っただけの女性の家に住むだけの度胸があったなんて信じられません」
佐世子は前方の冷めたコーヒーを眺めながら首を捻った。
「息子さん、刑務所での様子はどうなんですかね?」
「ええ。自分の父を殺した罪。それに見知らぬ女性を殺そうとした罪をしっかり償ってほしいとしか彼にかける言葉はありません」
佐世子の顔はさらに神妙になった。
「私のはいいんですよ」
恵理は右手を横に振った。
「まだ精神的なショックは残っていますか?」
佐世子はK公園で起きた事件を想像した。正志の刃は間違いなく恵理に向かって進んだのだ。

「いや、全くないと言えば嘘になるけど。あんな一瞬の出来事なのに人間て弱いですね」
淡々と語りながら、僅かに笑みさえ浮かべている。この人は本当に強い人だと佐世子は思った。
「少しでも兆候があれば、私も息子を注視したはずなんですけど、息子がそれを外に出さなかったというか。私が見抜けなかったというか。完全に母親失格です」
佐世子は無念の表情を浮かべた。
「吉川さん、元がまずいコーヒーは冷めたら飲めません。入れ替えてきますね」
恵理が笑顔を浮かべた。
「いや、このままでいいです」
佐世子は急いで飲み干した。
「私も若い頃、結婚していて、子供が欲しかった。今でも1人ぐらいは作っておけばよかったと思う時もあります。ただ、こういうこともあり得るんですよね。そう思うと、1人で生きていく寂しさもあったけど、身軽なところもあるんだなって」
恵理の言葉は遠回しに佐世子を庇っているようでもあった。

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