ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

才能鑑定士(女優篇2)

2023-06-09 11:21:17 | 短編

「芸能事務所には所属しているんですか?」

「はい。フューチャープロモーションに所属しています」

「大きな事務所なんですか?」

藤田は母親の顔を見る。

「いえ。10代の子を中心に集めていますね」

「子役ですか?」

「勿論、子役もいますが、中には20代で映画やドラマで活躍している方もおります」

「そうですか。彩乃さんはオーディションか何かで?」

藤田は視線を母親と娘に交互に向けた。

「オーディションです」

彩乃が芯の強い声で答えた。

「グランプリですか?」

藤田がそう尋ねると母親はクスッと笑った。

「違いましたか?」

藤田が少し笑いを交えると母親は口を開いた。

「グランプリでも準グランプリでもありません。最終選考までは残ったんですけど。娘と惜しかったね、と話していたところに後日、事務所の方から連絡が来たんです

「なるほどそれで所属できた訳ですか」

彩乃は少し悔しそうな顔を浮かべている。

「彩乃さん、演技の経験は?」

「ほとんどありません」

「ドラマや映画に出たことはありますか?」

「深夜ドラマに二回出たのですが、セリフはなかったです」

彩乃は恥ずかしそうにうつむいた。

 

藤田は二人の目の前に置いてある飲み物をすすめた。母の前にアイスティー。娘の前にはオレンジジュース。二人は緊張をほどくようにストローに口をつけた。

少し間をおいて藤田が話しかける。

「誰かに演技を誉められたことはありますか?」

「はい、あります」

彩乃は自信があるようだった。

「それはどなたですか?」 

「フューチャープロモーションの演技指導の先生です」

「どのように誉められましたか?」

藤田はやや難しい質問だと思っていた。だから期待していなかった。

「声が通ることと、あと集中力です」

「ああ、そうですか。うん」

藤田は少し考え込んでいる様子だ。

「先生、娘が何か・・・」 

母親が不安げに口を挟んだ。藤田はそれには答えず、質問を続けた。

「憧れの女優さんはいますか?」

「はい、栗田しおりさんです」 

「なるほど。彼女は子役の頃から活躍していて。最近はすっかり大人っぽくなった。彼女のどういうところを尊敬しているのかな?」

藤田の淀みない口調が微かに揺れた。

「演技も上手いし、私とそれほど年が変わらないのに頭が凄くいいんです」

「なるほど。ところで進学についてはどう考えていますか?彩乃さんは私立の進学校に通っていますよね」

「う~ん、難しいですね。進学もしたいですが、もし役者としての仕事が多く入るようになれば、そちらを優先したいです」

彩乃は話ながら母親の顔を伺った。

 

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才能鑑定士(女優篇1)

2023-06-08 13:42:17 | 短編

都内のオフィスのワンフロア。藤田利英はコーヒーマシンのボタンを押し、ブラックのまま口をつけた。そして、小さくなった人や車を見おろす。ダークネイビーのスーツが長身に映える。

「佐藤君、そろそろかな?」

「もう見えられると思います」

パソコンの前で慌ただしく手を動かしながら佐藤は言った。彼はまだ若い男性だ。20代だろう。

 

インターホンが鳴った。画面には中年女性と少女が写っている。二人を藤田自らが迎えた。

挨拶が終わったところで佐藤が言った。「あの滝口さん、料金が先払いになるのですが、キャッシュでお支払いと伺っていますが」

「はい」

母親が封筒を手渡した。佐藤は「確認させていただきます」と言うなり、中身を取り出し、手際よく万札を数える。10枚や20枚でないことは確かだ。

 

やり取りが終わるのを待って、藤田が二人を応接室へ案内した。

「どうぞこちらに」

やや低音の落ち着きのある声で、藤田は母と娘をソファーに座るよう促した。藤田はテーブルを挟み、彼女らと対面する形で自らの椅子に座った。

 

「今日は娘さんの鑑定ですね」

「はい。よろしくお願いします」

母親は娘と共に軽く頭を下げた。

「滝口彩乃さんですね」

藤田は娘に顔を向けた。

「はい」と少女は短く応じた。身長は普通だが、やや細身だ。女優を目指すというだけあって顔立ちは整っている。

「お父様も来られるということでしたが」

「はい。その予定だったのですが」

母親は困惑気味だ。

「急用ですか?」  

「父は私が女優になることに反対なんです」

彩乃は少し語気を強めた。

「なるほど。しかし、お父様の期待に応えられるかは分かりませんが」

藤田は少し口元を緩めた。

「ご存じのように0から100のポイントを提示します。といっても0と100は未だに誰もいませんが。50ポイントを基準にしてください」

「分かりました」

彩乃が頷く。

「現在、高校2年生の16才で間違いないですね」

「もうすぐ17才になります」

「私が知っている彩乃さんの情報はこれがほとんどすべてです」

彩乃は無言で頷いた。

 

 

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藤井、名人初戦を白星で飾る

2023-06-06 12:07:34 | 将棋

メキシコの「ダナン三日月」で行われた棋聖戦第1局は藤井聡太棋聖が佐々木大地七段を下し、名人初戦を白星で飾りました。

 

久しぶりの海外対局でした。どの程度かは知りませんが、ベトナムで将棋の人気が高まっているそうで、その普及を兼ねてのものだと思います。

例えばベトナムで一定数の若者が将棋を覚え、その中からどの程度の実力者が育つかは興味深いです。

女流棋士が男性のプロ棋士に追いつけない理由の1つに歴史の浅さという推測があります。しかし、もしベトナムなど、海外の若者がプロ棋士並みの実力をつけたとしたら、歴史が浅いからという理由は消えます。

 

対局ですが藤井棋聖は初挑戦の佐々木七段相手に得意の角換わりから、佐々木七段の追い上げを振り切り、第1局に勝利しました。藤井さんにとっても名人となって初対局であり、初の海外対局でもありました。思い出に残る対局になったのではと思います。

 

対する佐々木七段は苦いタイトル戦デビューとなりました。藤井さんとは違った意味で佐々木さんも将棋の神様に愛されているはずです。

彼は子供の頃、重い心臓病を患っていて、師匠の深浦九段と初めて会った時には体に多くの管が繋がれていて、深浦さんも心配になったそうです。しかし、将棋の力なのか今ではフットサル好きの健康的な青年になりました。

 

全く違う環境で幼少期を過ごした2人の若者が、彼らが愛してきた将棋を通してぶつかっている。互いにとって幸せな時間だと思います。

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藤井最年少名人誕生 7冠は2人目

2023-06-02 12:40:51 | 将棋

ついに藤井聡太が名人になりました。

長野県高山村の藤井荘で行われた名人戦第5局は藤井聡太竜王が渡辺明名人を下しました。これで藤井竜王の4勝1敗となり、名人を獲得しました。

1983年に谷川浩司17世名人が達成した最年少記録を40年ぶりに更新。また7冠達成も羽生善治九段以来、史上2人目になります。

 

序列では竜王と名人が高く、2大タイトルに違いないですが、やはり「名人」という響きは違いますね。今でもプロ棋士、あるいはプロを志している若者の多くも、名人というタイトルは特別なものだと思います。

新名人の藤井さんもその1人でした。名人獲得後のインタビューを聞いても7冠にはどこか冷めているのですが、名人という地位に登り詰めたことには素直に喜びを表していました。

 

少しだけ第5局を振り返ると、渡辺さんの菊水矢倉を矢倉とすれば、藤井さんは雁木という形で、ともに江戸時代から指されていた戦型で歴史のロマンを感じます。

先手の渡辺名人有利に進みましたが、藤井竜王も崩れずに指し、それが渡辺名人の悪手を誘いました。形勢が逆転してからはあっという間に藤井さんがリードを広げ、渡辺さんが粘り切れない形になり、最後は藤井さんが華麗な寄せで渡辺さんを投了に追い込みました。

 

破れた渡辺さんもよく戦いました。藤井さんの圧倒的な強さを考えると、そうとしか言えません。名人から無冠の九段への転落。今後の渡辺さんの動向にも注目しています。

もう一度、打倒藤井に意欲を見せるか、もう敵わないと諦めれば、近いうちに棋士の根幹である順位戦から撤退する可能性も少しあるような気がします。個人的にはまだまだA級で戦う渡辺明を見ていたいです。

 

とにもかくにも藤井聡太が名人になった2023年6月1日は将棋界にとって歴史的な日になりました。大山15世、中原16世以来の大名人を目指して、藤井聡太名人の戦いは続きます。

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