「芸能事務所には所属しているんですか?」
「はい。フューチャープロモーションに所属しています」
「大きな事務所なんですか?」
藤田は母親の顔を見る。
「いえ。10代の子を中心に集めていますね」
「子役ですか?」
「勿論、子役もいますが、中には20代で映画やドラマで活躍している方もおります」
「そうですか。彩乃さんはオーディションか何かで?」
藤田は視線を母親と娘に交互に向けた。
「オーディションです」
彩乃が芯の強い声で答えた。
「グランプリですか?」
藤田がそう尋ねると母親はクスッと笑った。
「違いましたか?」
藤田が少し笑いを交えると母親は口を開いた。
「グランプリでも準グランプリでもありません。最終選考までは残ったんですけど。娘と惜しかったね、と話していたところに後日、事務所の方から連絡が来たんです
」
「なるほどそれで所属できた訳ですか」
彩乃は少し悔しそうな顔を浮かべている。
「彩乃さん、演技の経験は?」
「ほとんどありません」
「ドラマや映画に出たことはありますか?」
「深夜ドラマに二回出たのですが、セリフはなかったです」
彩乃は恥ずかしそうにうつむいた。
藤田は二人の目の前に置いてある飲み物をすすめた。母の前にアイスティー。娘の前にはオレンジジュース。二人は緊張をほどくようにストローに口をつけた。
少し間をおいて藤田が話しかける。
「誰かに演技を誉められたことはありますか?」
「はい、あります」
彩乃は自信があるようだった。
「それはどなたですか?」
「フューチャープロモーションの演技指導の先生です」
「どのように誉められましたか?」
藤田はやや難しい質問だと思っていた。だから期待していなかった。
「声が通ることと、あと集中力です」
「ああ、そうですか。うん」
藤田は少し考え込んでいる様子だ。
「先生、娘が何か・・・」
母親が不安げに口を挟んだ。藤田はそれには答えず、質問を続けた。
「憧れの女優さんはいますか?」
「はい、栗田しおりさんです」
「なるほど。彼女は子役の頃から活躍していて。最近はすっかり大人っぽくなった。彼女のどういうところを尊敬しているのかな?」
藤田の淀みない口調が微かに揺れた。
「演技も上手いし、私とそれほど年が変わらないのに頭が凄くいいんです」
「なるほど。ところで進学についてはどう考えていますか?彩乃さんは私立の進学校に通っていますよね」
「う~ん、難しいですね。進学もしたいですが、もし役者としての仕事が多く入るようになれば、そちらを優先したいです」
彩乃は話ながら母親の顔を伺った。