白雲去来

蜷川正大の日々是口実

湯豆腐のこだわりと「MJQ」

2010-02-08 23:48:10 | インポート

二月八日(月)曇りのち晴れ。

 七時に起床。朝食は、「湯どうふ」にした。私は、湯どうふが好きである。でも、湯豆腐というと、最近は「寄せ鍋」と区別出来ないような、具たっぷりのものが主流だが、私は土鍋には「とうふ」しか入れない。白菜など、他のものを入れると、とうふに妙に味がついて嫌なのである。

 札幌の社友、石澤博文君が、定期的に送ってくれる上等な「利尻昆布」を、前の晩から水に浸してじっくり出汁をとる。入れる野菜は大根を一欠けのみ。なぜか切った大根を入れると、豆腐がふっくらするから不思議だ。昆布は沸騰する前に出してしまう。豆腐も煮てはいけない。中が暖まる程度で良い。

 しかし、幾ら上等な豆腐を入れても、また良い昆布で出汁をとっても、醤油が駄目だと、どうしようもない。伊勢原は大山に「豆腐料理」の店が随分あるが、残念なことに醤油が駄目だ。豆腐にこだわるならば、なぜ醤油や鰹節にこだわらないのか良く分からん。恐らく、酒を飲めない人が作っているのかもしれない。

 わが家は、それほど高くはないが、ヒゲタの「減塩本膳」か、イリショウというメーカーの「澪つくし」というものをもう十年以上使っている。それぞれ、お中元などで頂いた物だが、なくなると自分で頼むようにしている。鰹節は、もちろん自分で削る、「削り節」。あとは、ネギのみじん切りか、たっぷりの「青のり」。朝から、家族で、湯豆腐の鍋を囲み、フウフウやりながら食べるのも、しばし団欒の一時で、会話が弾んでいい。是非、朝食に、湯豆腐をお試しあれ。安くていいですよ。

 また上等な豆腐は、醤油を使わずに、岩塩で食べるとめちゃくちゃ上手いが、中々そんな豆腐にめぐり合う機会もなくなった。

 八時を過ぎると、家にいるのは私一人。午後から、某週刊誌の取材が入っていたので事務所へ。五時に帰宅。帰りしなにスーパーを覘いたら、鳥肉のセールを行なっていたので、買って、夜は水炊きにした。散々迷った挙句に思い切って「伊佐美」の封を切った。最近、会っていない酒友のマークや、弘明寺のM田君、郡山のS間君、岐阜の細川先生や、社友の人たちの顔が脳裏に浮かんだが、美味い焼酎を一人で飲む後ろめたさに、スマン、スマン、オスマン・トルコと三回謝って、ふふふ、もう四合も飲んだ。

 そういえば、自宅に帰る前に寄った、ブックオフで、「MJQ」の名曲、「ジャンゴ」の入っているライブ盤のCDが、なんと三百円で売っていた。何という僥倖。仲間由紀惠をナンパしたのと同じくらいの嬉しさに、思わずニンマリした。

 レコードでしか持っていなかったので、CDは嬉しかった。今、そのMJQのアルバムを聴きながら、「伊佐美」を一人で飲んでいます。ミルト・ジャクソンのビブラフォンがいいナァー。何という贅沢だろうか・・・。


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女房元気で留守は寂しい。

2010-02-08 22:53:48 | インポート

二月七日(日)晴れ。北方領土の日。

 下の子供の朝練の為に朝五時に起床。いやはや、好きでやらしているとはいえ、朝の五時とは、親泣かせである。ヘロヘロになって、朝食と弁当を作った。愚妻も朦朧として送って行った。当然、二度寝して、目を覚ましたのが十時過ぎ。今度は、上の子供が、部活で出掛けて行った。日曜日だというのに、家族が揃わない。成長することは嬉しいが、少々寂しくもある。昼から、愚妻も、「適当会」へ出席の為に出かけて行った。トホホホ、一人ぼっちである。

 「適当会」とは、サリーが中心となって行なっている、おんなどうしの飲み会であり、メンバーは十人ほどだが、皆揃って男勝りの酒豪ときている。集る日も適当ならば、何時解散するのも適当な会である。大体、八時間から十時間ぐらい、四、五軒はしごしても、殆ど平気という女傑ぞろいなので、体力のない男が参加しても馬鹿にされるだけなので、早々に送り出した。自宅に一人でいるのもつまらないので、女房を「適当会」に行かせて、留守番を余儀なくされている男やもめの二人を我が家に誘って、こっちは、こっちでの一献会となった。

 四時過ぎから、一日やもめの松本佳展君、カメちゃんと、特別参加の小針政人君とで、わが家で、私の手料理で一杯やった。奥方どもは、どうせ豪勢にやっているのだろうからと、こちらも豪勢にと、カメちゃんの差し入れの「一休寿司」の刺身、先日、友人から頂いた、特別上等な「からすみ」、釧路の「シシャモ」、函館から送って頂いた「いくら」などで、ガンガンやった。しかし、共通の思いは、女房元気で留守は寂しい・・・。

 時計を見れば、十時。奥方達は、十時間も飲んでいるわけだ。十時を過ぎて、ようやく帰宅した、私、カメちゃん、松本君の奥方達と、飲みなおして、十二時前に解散。マイッタ、マイッタ。お陰で「王道楽土」が空いてしまった。

 国家の行く末も、小沢問題も、何も考えずにいた一日だった。スマン、スマン、オスマン・サンコンである。


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勉強会へ参加。そして友の訃報。

2010-02-08 11:47:42 | インポート

二月六日(土)晴れ。

 午前中は、事務所へ。過去に野村先生が出演したテレビや「風の会」などの映像をまとめた「野村秋介ライブラリー」の整理の為に、一時過ぎまで事務所にこもっていた。

 四時に、松本佳展君来訪。今日は、新宿の某所にて、新体制となった民族革新会議(犬塚哲爾議長)の勉強会が開催される。道路が混んでいて十五分ほど送れて会場に着。

 小沢一郎に対する検察のあり方に対して、マスコミの方をゲストに迎えての勉強会。いかに小沢に金銭的な疑惑があろうとも、「検察頑張れ!」という思考は危険、というのが、出席者の大半の意見であった。私は、小沢が、政治資金規正法などで起訴されようが、されまいが、そんなことは余り重要なことではない。むしろ、彼の金銭疑惑のみがクローズアップされ、先般の、陛下に対する不敬発言や、外国人参政権問題が忘れ去られてしまうことの方が問題であると思っている。今、民族派が団結して、この問題で小沢糾弾の声を挙げ、行動すれば、以後、外国人参政権の問題を口にすれば、民族派からこれほどの抗議と抵抗を受ける。という前例となり、彼等も簡単には、その問題には触れなくなるのではないか。

 また、小沢は支持率を見ながら、五月迄には幹事長を降りるのではないか。それを「みそぎ」として、若い者に幹事長の座を譲り、支持率を回復してから参議院選挙に望む。幹事長であろうがなかろうが、民主党内における小沢の力は、隠然たるものがあり、誰が総理や幹事長になろうとも、垂簾の政を行なうことは目に見えている。敬天新聞の白倉康夫社主ではないが、民族派の正念場となるのではないか。

 白熱した議論で、二時間が過ぎ、会議の終了後は、近くのスナックにて直会。一水会の木村三浩代表から、三島由紀夫の「憂国」のDVDをお借りした。是非、若い人達に見せて頂きたいとのことであった。木村代表の決意表明とも言うべき、「憂国」のDVDを心して見たいと思った次第。松本君に送って頂き、十時過ぎに帰宅。

 実は、今日の午後に、友人でもある焼肉屋、「清水苑」のマスターが亡くなったとの知らせをご子息から受けた。昨年の暮に倒れて、入院したが、意識のない状態が続いていた。見舞いに行ったが、医者の話によれば、目は開いていても、誰かと言う判別はつかず、いわゆる植物人間の状態であるとのこと。彼と、私は、同じ歳で、仲が良かっただけに、入院、死亡の知らせは、予期していたこととは言え、やはりショックだった。通夜が、十日の水曜日の六時から、久保山の一休庵で行なわれる。合掌。


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