白雲去来

蜷川正大の日々是口実

血族の系譜。

2013-03-18 11:37:21 | インポート

三月十六日(土)晴れ。

 良い天気である。今日は午後一時より行われる知人の結婚式に出席するために箱根行き。新幹線で小田原へ行き、そこから箱根湯本まで行くのが時間が早いのだが、天気もいいし、車窓を流れる景色を見ながらのんびりと行こうと思って東海道線にした。保土ヶ谷から戸塚で乗り換え。と言っても同じホームであるから楽である。快速アクティーに乗ればさほど時間がかからない。土曜日なのでグリーン車は五百五十円と安い。しかし電車は混雑をしていた。

 

先日、FBで知って購入した「児玉誉士夫・巨魁の昭和史」(有馬哲夫著・文春新書)が面白くて、小田原まで、あっという間に着いてしまった。その本で知ったのだが、その昔、上海を中心として軍の秘密工作を担った組織に「梅機関」というものがあった。その責任者であったのが影佐 禎昭大佐である。影佐大佐は、民間人里見甫を指導し中国の地下組織・青幇(チンパン)や、紅幇(ホンパン)と連携し、上海でのアヘン売買を行う里見機関を設立。中国で阿片権益による資金をねん出し、その金は関東軍の機密費として使用されたと言われている。また影佐大佐は、板垣征四郎陸軍大臣の有力なブレーンとしても知られ、興亜院創設に至るまでの紛糾に際しての巧妙な処理等で名を挙げた。

 

戦後に中国政府から戦犯指名を受け身柄を要求されたが肺結核のため裁判に至らず、昭和二十一年五月に復員し入院。病状の悪化により、昭和二十三年九月に五十五歳で獄死した。

 

この影佐の二人の娘は、陸軍少佐時乗武雄と谷垣専一元文部大臣に嫁ぐ。そう、前の自民党の総裁の谷垣禎一は孫にあたる。彼の名前は、影佐禎昭の名から「禎」の一字をとったものである。現在の安倍総理の母方の祖父は岸信介。前にも書いたが、満州国の建国に際して重要な役割を担った政治家、軍人、経済人に「二キ、三スケ」がいる。「二キ」とは、東條英機に星野直樹、「三スケ」は、岸信介、鮎川義介、松岡洋右。


中国は、谷垣、安倍といった血族の系譜を知っているからこそ、グズグズ言って来ているのかもしれない。まあ考え過ぎですね。


一時から、披露宴。四時終了。その後、湯本にある蕎麦屋で友人らと一杯。そのお店の近くにあった酒屋でシャンペンを買って電車の中で乾杯。何故か友人らが横浜で下車。そのまま関内に転戦。最後はサリーの店でしめ。いやはや午後一時から十時過ぎまで延々飲んでいたわけだ。これじゃ体に言いわけないか。分かっちゃいるけど止められねぇ。


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我が生の須臾なる命。

2013-03-18 10:56:44 | インポート

三月十五日(金)晴れ。

 「大吼」が終わったと思ったら、今度は「燃えよ祖国」の編集作業。今回の号は、先月の野村先生の生誕祭にて民族革新会議の犬塚博英議長に講演をして頂いた「わが生の須臾なる命」を、群青の会の大熊雄次氏にテープ起こしをして貰い掲載する。群馬県にある雷電神社には、群青の会の正田暢鍵氏が建立した、野村先生の句碑「わが生の須臾なる命いかにせむ」がある。


「須臾(しゅゆ)」があります。これは、「たちまち」という意味なのですが、本書の中でもたびたび出てまいりますし、出所後、一水会の勉強会で講演された際も、「須臾にして・・・」という言葉を用いて、瞬きの万分の一の時間を表現されていた事をよく覚えています。実は「生長の家」の教えの中にお経がありまして、「須臾にして消ゆ」という言葉が随所に出て参ります。数や時間の概念は、一、十、百と続き、京、垓と大きくなっていき、逆に下ると、分、厘と続きますが、そのマイナスの十六乗が「須臾」です。同じ「たちまち」という意味でも、「瞬間」「一瞬」「瞬時」など表現はさまざまですが、その中でも「須臾」は極めて短い時間を意味し、人生は須臾であるといえます。」(犬塚議長の講演より)。


夜はおとなしく我が酔狂亭で独酌。今日は久しぶりに「さつま島美人」を楽しんだ。


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