五月一日(月)晴れ後、にわか雨。
メーデーか。私の子供の頃、通っていた中学のすぐそばにあったのが蒔田公園。終戦直後に、進駐軍の兵舎として接収されていたため、私より上の時代の人は、この公園を「ヘイシャ」と呼んでいた。その公園で、以前は労働者の祭典とやらが行われていた。私の住んでいたアパートの前がデモ行進のコースになっていたので、民族派運動に入った頃は、そのデモコースに、時局対策協議会の浅沼美知雄先生から「メーデー反対」のビラを貰って、前日に、貼って歩いた。労働者と聞くと、「寅さん」が、隣のタコの経営する印刷工場に向かって「労働者階級の諸君」と声をかけるのがすぐに頭に浮かぶ。されど、今時、日本に左翼や右翼に救われるような労働者などいるのだろうか。左翼や右翼の活動家などよりも、労働者の方が余程良い生活をしている。こっちが何とかしてほしいものだ。
私がお世話になっている、I氏と言う人がいる。色々なチェーン店を経営している方だが、この方は、私がお世話になっているにも拘らず、I氏の後輩や友人を私に紹介すると、必ず、その紹介された人から礼状が届く。私が、その人たちに何をしたわけでもないのに、お礼の挨拶状が届くのだ。それは、言うまでもなくI氏の教育の賜物であり、経営者としての礼儀や心構えを後輩や若い人に教えているのだろう。ともすれば、お世話になっても、忙しさにかまけて、つい礼状を書くのを忘れてしまう。反省しきりである。
今月は、親しい人たちや身内の命日が続く。明日は、熊本は本渡諏訪神社の大野康孝さんの一年祭。十日は、私の母の十三回忌。二十三日は、岳父の命日。二十五日は、先輩の小早川久之先生の命日。二十八日は、盟友だった清水常二さんの命日。生者必滅、会者定離か。合掌。
午後から、歯医者。ランドマーク・タワーの中の本屋に寄る。連休中に十冊の読書をしようと決めているので、新刊を探しに行った。山平重樹さんの新刊があると思ったら置いていない。書籍浴を楽しんでいたら、以前岐阜の細川先生から紹介された『愛国とノーサイド・松任谷家と頭山家』(延江浩著・講談社)を見つけて購入。歯医者が終ってからスタバで読んだら、止まらなくなったので、慌てて帰宅。
夜は、酔狂亭で、月下独酌。
メーデーか。私の子供の頃、通っていた中学のすぐそばにあったのが蒔田公園。終戦直後に、進駐軍の兵舎として接収されていたため、私より上の時代の人は、この公園を「ヘイシャ」と呼んでいた。その公園で、以前は労働者の祭典とやらが行われていた。私の住んでいたアパートの前がデモ行進のコースになっていたので、民族派運動に入った頃は、そのデモコースに、時局対策協議会の浅沼美知雄先生から「メーデー反対」のビラを貰って、前日に、貼って歩いた。労働者と聞くと、「寅さん」が、隣のタコの経営する印刷工場に向かって「労働者階級の諸君」と声をかけるのがすぐに頭に浮かぶ。されど、今時、日本に左翼や右翼に救われるような労働者などいるのだろうか。左翼や右翼の活動家などよりも、労働者の方が余程良い生活をしている。こっちが何とかしてほしいものだ。
私がお世話になっている、I氏と言う人がいる。色々なチェーン店を経営している方だが、この方は、私がお世話になっているにも拘らず、I氏の後輩や友人を私に紹介すると、必ず、その紹介された人から礼状が届く。私が、その人たちに何をしたわけでもないのに、お礼の挨拶状が届くのだ。それは、言うまでもなくI氏の教育の賜物であり、経営者としての礼儀や心構えを後輩や若い人に教えているのだろう。ともすれば、お世話になっても、忙しさにかまけて、つい礼状を書くのを忘れてしまう。反省しきりである。
今月は、親しい人たちや身内の命日が続く。明日は、熊本は本渡諏訪神社の大野康孝さんの一年祭。十日は、私の母の十三回忌。二十三日は、岳父の命日。二十五日は、先輩の小早川久之先生の命日。二十八日は、盟友だった清水常二さんの命日。生者必滅、会者定離か。合掌。
午後から、歯医者。ランドマーク・タワーの中の本屋に寄る。連休中に十冊の読書をしようと決めているので、新刊を探しに行った。山平重樹さんの新刊があると思ったら置いていない。書籍浴を楽しんでいたら、以前岐阜の細川先生から紹介された『愛国とノーサイド・松任谷家と頭山家』(延江浩著・講談社)を見つけて購入。歯医者が終ってからスタバで読んだら、止まらなくなったので、慌てて帰宅。
夜は、酔狂亭で、月下独酌。