白雲去来

蜷川正大の日々是口実

孤高の人。

2024-10-15 09:50:00 | 日記

10月14日(月)晴れ。

珍しく朝食を食べる。メニューはハムトーストにコンソメスープ。午後から愚妻を伴って入院中の木村ゆかりさんのお見舞いのために東京は赤羽橋のS病院へ。ゆかりさんは、ボランティア活動家(そういう言葉があるのかは知らないが)として有名な人である。東に災害があれば東に行き、西に大雨、地震が起きたと言えば西に行き、ウクライナで紛争があると知れば、ウクライナに行く。弊誌『燃えよ祖国』にも、ゆかりさんの「ウクライナ便り」を掲載させて頂いている。

野村事務所は、かつては浜松町の駅の近くにあった。その頃から編集の手伝いをして貰っていた。その後、事務所が赤坂のみすじ通りに移転した際も、事務所に来て頂いた。何か月か働くと、インドを放浪したり、アメリカに行ったりと、我々の古い言葉で言えば大陸浪人のような生き方をしていた。確か、その頃だと思うが、確かなタイトルは失念したが、彼女の生き方を追った「六本木ビルの屋上に住む人」(正確なタイトルではないが)というドキュメンタリーが放映されたことがあった。事務所にあると思うので、探して見るつもり。

その彼女に、すい臓がんが見つかった。聞けばステージ4とのこと。入院した当時は抗がん剤の治療などで辛そうだったが、幸いに抗がん剤が効いて、少し体調が良いと聞いてのお見舞いとなった。休憩室で本を読んでいた彼女と面会。つらい抗がん剤治療にも耐えていつもの笑顔があったが、常に自分のことよりも、災害地、紛争地の人たちのことを考えて行動してきた彼女が、癌になるなんてとても信じられない気持である。彼女がボランティアをしていた能登から大勢の人たちがお見舞いに来たため、ご挨拶をしてお暇した。そういえば、彼女のパートナーであるヒコさんともお会いした。彼は、有名なパンク・バンド、ガーゼの元ドラマーとしても、有名である。木村ゆかりさん。孤高の人である。

御徒町にて、群青の会の大熊雄二氏と待ち合わせて福田和也氏が好きだったという蕎麦屋「吉仙」へ。福田氏を偲んで一献。スタッフに福田和也を知っている?と聞いたら、「先日もお客さんに聞かれましたが知りません。以前お店に同姓同名の従業員がいまして退職しました」。ひっくり返りそうになった。

今年の群青忌は、札幌の梶浦直樹氏、京都の仙人こと山内愁雲氏、新潟の山田喜一氏そして木村ゆかりさんなどが体調不良などで参加できない。寂しいものになりそうである。


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