十二月二十六日(土)晴れ。
八時起床。子供達は冬休みに入ったが、上の子供は部活で出て行き、下の子供は、スケートに行ってしまった。家人とボソボソ昼食をとる。
午後一時過ぎに、栃木社友会の湯浅進君が、本日の弊社の忘年会に出席するために、来訪。三時には、同じく社友の松本佳展君、小枝ちゃんの両名が来訪。揃って、忘年会の会場となる中華街の均元楼に向う。
お店で、志村馨、小森正春の両君と合流。一番乗りは、千葉の大日本憂国協議会の本宮浩行君。弊社の忘年会は、今回が初めてのことである。何かと出費の多い暮に、同志を煩わせることに申し訳ないと思っており、遠慮をしていたが。たまには、皆さんの顔を見ながら、横浜の地で一献酌み交わすことも良いかなと思い、開催した次第。
当初は、五、六十人でこじんまりと、とも思ったが、出欠葉書の期限ギリギリとなって、ドット出席者が増えて、百二十名ほどになり、嬉しい悲鳴である。六時に開会。司会は、社友会の大熊雄次氏にお願いをし、猶存社の市村清彦、憂国清心同友会の草壁悟、大行社の丸川仁、一水会の木村三浩の諸先生にご挨拶を賜り、乾杯のご発声を神奈川県維新協議会の中村憲芳先生にお願いした。
歳末多端の折に、遠路お越し頂いた諸先生や同志の方々に、くつろいで頂こうと、事前にお店のスタッフと幾度も打合せをして、料理にはかなり気を使ったつもりである。また、新しい年を迎えるに際して、テーブルには、「赤霧島」と「佐藤」の白を用意させて頂き、紅白の焼酎とした。八時に閉会。中締めを大日本一誠会の仲程道也先生に、そして閉会の辞を、弊社の社友会代表の隠岐康氏にお願いした。
お陰様で盛会裏に終了したが、残念なことに、コートの間違えがお二人と、なぜか三着のコートの忘れ物があった。
間違えられたのは、黒のカシミヤのコートと、薄い立ち襟のコートを、どなたかが着ていってしまった。そして、その方たちのものなのか、コートが三着余っている。弊社に保管してありますので、お気づきの方は、ご一報下さい。
終了後に、マスコミの方たちを中心に、サリーの店へ。楽しいカラオケ大会となった。都合で忘年会に出席できなかった、尼野保、山崎M雄の両君も合流。十一時近くに解散。古谷喜久男、細川嘉彦の両氏、大破・轟沈。