● 10月号 苫米地真理 「尖閣『固有の領土』論を超え、解決の道をさぐる」を読んで
須山敦行
◎ 《全体的な感想》
問題を分かりきったこと、検討に値しないこととしないで、冷静に経過を振り返って、一から改めて考える姿勢を持っている。自分も、きちんと理解しているわけではないのに、何となく分かったような気持ちでいたが、経過をたどって再検討することで、大事なポイントを把握することができた。
この問題では、「国益」を優先する「政治主義的」対応や、ある側に立った対応になりがちであるが、人気や受けよりも、事実を大切にする立場であり、それだけに、大いに参考になるものだった。
そして、具体的な対応策まで提示しているのが、素晴らしい。
筆者の「尖閣『問題』への処方箋」は、現実的であり、賛成だ。
◎ 《内容の要約》
外務省HPの見解
外務省HPの見解は、
「尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題はそもそも存在していません」
という立場である。
しかし、この立場の問題点は、
1895年 尖閣諸島を編入する閣議決定、の後、日本政府は、一貫してこれらの主張をしてきたように考えがちであるが、実は、1895年の閣議決定の根拠を「先占の法理」と表明したのは1972年になってからである。
ということだ。
「棚上げ」方式の対応の現実
実際には、日本政府によって「棚上げ」方式に基づいた対応がなされていた。
※「尖閣問題は『棚上げ』するとの暗黙の了解が首脳レベルで成立したと理解している」(1972年9月日中国交正常化交渉当時の外務省条約課長・栗山尚一)
2010年9月の漁船衝突事件から
ところが、2010年9月の漁船衝突事件において菅内閣は、
それまでの「暗黙の了解」である「棚上げ」に基づいて行ってきた実務対応を、公式見解である「領有権問題も棚上げも存在しない」に合わせて実施してしまった
それにより、中国側に、これまでの〝暗黙の了解〟を変更するのではないかとの疑心を抱かせ、解決を困難にしてしまったのではないか。
そして、2012年9月の尖閣「国有化」以降、中国による尖閣諸島の実効支配も視野に入れた行動が目立っている。
この状況下において、自国に有利な事実のみを根拠に論争を続けていては、不測事態を防ぐことが困難になるだろう。
領有権主張の背景 石油資源
1968年 国連アジア極東経済委員会とアジア海域沿岸鉱物資源共同探査調整委員会の提携による海底調査の結果、豊富な石油埋蔵の可能性があることが明らかになった。
そこで、「中国や台湾の領有主張は、石油が出てからの後出しジャンケン」だ的な言説は、日本領有の根拠として巷間に流布している「定説」である。
しかし、1970年9月までは、日本政府も領有権について主張していないのである。
72年9月の国交正常化交渉で周恩来が述べたように「石油が出る」からこそ、日本も台湾も中国も注目したのである。
「棚上げ」の歴史的事実
日本政府は一貫して「棚上げ合意」の存在も否定している が
1978年8月に日中平和友好条約を締結した園田直外相は、
沖縄開発庁などが行った調査開発に中国側が抗議したことに関して、79年5月30日、当時の政府見解とは異なる視点から以下の答弁をしている。
「棚上げ」を主張した小平発言を評価しながらも、政府見解として否定している「棚上げ」という言葉を使うわけにはいかず、「あとの答弁はお許しを願いたい」という言外から「棚上げこそ国益なのだ」という園田の〝思い〟がうかがえる名答弁である。
※ 〈 日本の国益ということを考えた場合に、じっとしていまの状態を続けていった方が国益なのか、あるいはここに問題をいろいろ起こした方が国益なのか。私は、じっとして、小平副主席が言われた、この前の漁船団のような事件はしない、二十年、三十年、いまのままでもいいじゃないかというような状態で通すことが日本独自の利益からいってもありがたいことではないかと考えることだけで、あとの答弁はお許しを願いたいと存じます。
私は有効支配は現在でも日本の国は十分やっておる、こういう解釈でありまして、これ以上有効支配を誇示することは、実力で来いと言わぬばかりのことでありますから、そのようなことは日本の国益のためにもやるべきでない 〉(衆議院外務委員会)
「日清戦争」と閣議決定
1895年に、1885年に最初に上申してから10年後に閣議決定したことは
「10年前は弱小国日本としてアジアの超大国中国に遠慮しなければならなかったのに反し、中国が弱体化したため遠慮の必要がなくなって、正しいと信じたことを実行できた」のだろう。
それゆえ、
「日本が、日清戦争の最中の火事場泥棒の如く、下関条約という正式の両国外交交渉の場で尖閣諸島の領有権画定が問題となる前に、近代法の知恵を利用して『無主物先占』宣言をあえてした」と中国側が認識することを、「100%間違いである」と断定するのには躊躇せざるを得ない。
中国側の弱点
一方、中国側の主張の最大の弱点は、1971年になってから唐突に領有権を主張しはじめたことである。
しかも、1945年には米国や英国と並ぶ戦勝国であったにもかかわらず、中華民国は尖閣諸島の返還を求めなかったのである。
筆者の見解
筆者の見解は、先占の法理だけを根拠に日本の領有を主張するには無理があると考えるが、中国が1971年に至るまでに日本の領有に対して一貫して抗議を行わなかったという事実に鑑み、日本の主張に分があるというものである。
したがって、尖閣諸島は日本の領土である。
筆者の提案
だが、上述した歴史的経緯と1970年になってから領有権を主張したことを考慮すれば、中国側の主張をすべて退けるのではなく、領有権問題の存在、少なくとも「主張の違い」を認めた上で、「新たな棚上げ論」による現状凍結の明文化を提起したい。
2012年の尖閣「国有化」以降、
中国も実行支配をするのだという姿勢を示している。
しかし、それでも現段階においては、日本の実効支配の度合いが強いのが「現状」である。
中国側がこれ以上の実効支配を強めることのないよう、この「現状」を凍結することが、日本に有利な条件であり、国益にかなう。
落としどころ
習近平国家主席は、2013年7月30日
「『主権はわが国に属するが、争いは棚上げし、共同開発する』との方針を堅持し、相互友好協力を推進し、共通利益の一致点を探し求め、拡大しなければならない」(中国共産党中央政治局の第八回集団学習会)と述べている。同時に、国家の核心的利益は犠牲にできないとも言及し、海洋権益を断固として守るよう指示したという。
つまり、
中国側は力による一方的な実効支配を目指すのではなく、「棚上げ」と「共同開発」を問題解決の〝落としどころ〟とすべく探っているものと考えられる。
尖閣「問題」への処方箋
まず、尖閣諸島の現状凍結を明文化し、さらに調査開発などについては進め方を協議すべきだ
※「国家の領土と主権は分割できないが、天然資源を分かち合うことは可能である」(馬英九台湾総統)
双方の主張の違いは棚上げにし、資源問題は共同で行うことを目指して話し合いのテーブルにつくべきである。
自民党が先の総選挙での公約に掲げた「公務員の常駐化」や「周辺漁業環境の整備」など、現状を変更する行為は行わないことをまずは水面下で約束し、「現状」を維持し凍結することを確認する。
防衛当局間による「不測の事態の回避・防止のための取組」を進展させる。
日中防衛当局間の海上連絡メカニズムを構築し、「海上事故防止協定」を締結すべきだ。
「尖閣諸島は日本の領土である」ということは、あらゆる手段を尽くして主張しつづけ、国境を画定するための交渉をすべきであるだろう。
両者の主張が異なる領土問題を永久に棚上げすることは、かえって問題を抱えつづけることになりかねない。
「〝合意がないという事実〟から出発して、いかに合意できるかを考え」、何らかの形で国境を画定するための努力をすべきである。
→ 名嘉憲夫の著作に多くの示唆がある。
※ 名嘉憲夫『領土問題から「国境画定問題」へ』明石書店2013年