夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

板橋文夫 再再再、、、? そしてMiya

2009年02月09日 13時58分38秒 | 芸術・文化


何年か前に横濱ジャズプロムナードですごい演奏を聞いたって板橋文夫のことをこのブログに書いていました。その後、Sさんのエリントンの本の出版記念で彼が演奏をしていて、やはり魂消ました。この本のこともそしてそのときの板橋文夫の演奏に関しても日記にはアップしていますよね。板橋氏のHPはこちら。

Sさんと話をしていて、「板橋文夫の演奏はとてもすばらしいけど、刀を突きつけられるような緊張を強いられる演奏で疲れてしまう」ってこぼしましたら、彼にはもう一つものすごく優しい演奏をする場面があるということをお聞きしました。それはぜひ聞いてみたい。板橋文夫の演奏はその緊迫ジャンルのものしか聴いたことがない。あのような一面を見せる人なら、逆な面もきっとすばらしいに違いないから聞いてみたいと言いましたら、CDがあるから聞かせるとのことでそのままになっていました。

今日、S氏からメールがあり、MiyaというジャズフルーティストのHPMiyaさんが板橋氏にインタビューをしていて、そこに彼の演奏があるということで見てきました。

S氏の言葉では
>板橋のやさしさが出た演奏は、どうやら次回のようですが
乱暴さと自己主張とは、違う演奏と
板橋の音楽観のようなものがインタヴューで
垣間見ることが出来ます。/>

ふ~ん、もちろんS氏は私がなんどか板橋氏の演奏を聞いていることを知っているからこれを送ってきたのでしょうけど、S氏には悪いけど、もし私がこれを最初に板橋文夫の音楽として聞いたのだったら、私は彼のことをそんなにかっていないかもしれない。なんだか丸くなって、若いこれからの音楽家に自分を合わせてあげているって感じの演奏。強い自己主張もないし、押さえに抑えた繊細さもないって感じかな。S氏は彼のしゃべりの部分でメッセージを掴んで欲しいと思っていたみたい。

でも、プロって大変ですよね。そのときの環境、状況に応じて妥協したりすると、それしか聞かない人にはそれだけで判断されてしまう。一つ一つが真剣勝負なんですね。

私はプロにならなくってよかった。あぁ、これ駄目だけど、これしかないからまあいいかなんて勝手なことがいえるから。困っても困るのは自分だけですものね。
甘いんですよ。私だって仕事をしていたときには、アマチュアとは仕事をしないなんてほざいていたけど、今や、たんなるど素人にしか過ぎない。困ったもんだ。

なんていいながら、ところでMiyaさん?
はい、誰にも好まれるような綺麗な演奏でしたよ。
今の若い人たちに共通の綺麗なメロディ、演奏。
でも、この人たちって、年輪を重ねていくことで綺麗綺麗から脱却できるのでしょうか?
本当にインパクトを与えるような演奏家、作家って、若いときからもっと棘があったような気がしてならないのだけど。
なんとなく、板橋氏の話にはそんなニュアンスも感じられましたけど、それって私の誤解かな~

なんてことを言っていると、皆様から村八分にされますね、、、、
ちっちゃくってもいいじゃない、自分を出し切れば。
それじゃ、飯を食えない?
なら、職人さんになればイイだけ。
自分のことをアーティストなんて言わないでよ。
職人さんのほうがもっといい仕事をするよ。
なんてことを昔は作家の連中に平気で言っていたんです。
私って鬼だね。きっと。



多摩川の野草たち

2009年02月09日 09時22分38秒 |  多摩川散歩


知人のブログやHPを見ていると、家族やご自身の体に問題を抱えた人が多いことに気がつくのです。人間を長くやっていると、いろんな問題がだんだんと山積してくるのかもしれませんけど、でも皆さんはそれを跳ね返し、あるいはうまくその問題と折り合いながらもがんばって生き生きと生きていらっしゃる。すばらしいなって感心しています。

私は、物心ついたときから体に爆弾を抱えて、同じ病気で何年も病院で苦しみながら生きている人たちを傍に見て、発症すれば治療の手立てもなく同じ境遇に陥るのだと恐れながら、生きていくこと、将来の夢というものを持つことを諦めなければいけない子供時代をすごしてきました。

子供にとっては与えられたものが全世界。それが人間として普通の生き様なのだと思っている部分もありました。

家族全員がそういう体になってしまっている。今、思うと母親は自分の体のこと以上に二人の子供たちの将来を思うと泣くに泣けなかったしょうね。

子供が生まれるときに、よく「男の子が欲しいか、女の子がいいか」なんて聞かれました。私はどちらでもいいよなんて笑っていましたけど、心の中では、そんな選べる余裕なんかなかった、健全な子供であって欲しいと、自分の体と取り替えてもいいと、必死で願っていたんです。それが親の心ですよね。

それが発症しないままに、むしろ他の人たちと比べても元気に一生を送ってこれている。この歳になって、もういつ死んでも他の人たちと同じくらいに生きてきた。これだけたくさんの「おまけ」を頂いたんだって気分になれるようになりました。

毎日毎日目にするものが美しい、それを見ることができるチャンスを与えられたことが嬉しい。そんな一日、一日。
多摩川のたんなる雑草でも、当たり前の風景でも、美しい、嬉しいって気分で見ると本当に美しいもの、嬉しいものはたくさんある。
そんな気分で人生の最後のスパンを過ごせることを感謝しなければ。





先日来、同じような被写体、代わりばえのしない撮りかたですけど、多摩川の野草たち。それをアップするための言い訳です。ごめん。


先日の雪柳と同じもの、先日は雪柳はもっと枝を垂れてなんてコメントを頂きましたけど、多摩川の雪柳は元気。枝を八方に直線的に伸ばして爆発しています。満開のころは株全体がまっしろになってそれは見事。



こちらも先日アップしましたね。
だんだんと茎を伸ばしてきています。
寒いと茎を短くして、地熱を利用する。暖かいと太陽のほうへ花を差し上げていく。こんな小さな花でも生きていくためにさまざま考えている。賢いですね。



こちらは種を遠くに飛ばすためでしょうか、うんと背伸びして、、、
ところで、これはヘラオオバコなのでしょうか、いつもの土星の輪のようなつき方をしていないけど?

 

暖かい日に見ると、オオイヌノフグリの青も暖かく見えます。



そして、春の訪れの予兆



今日は、満月です。
でも予報では曇りになっていましたので、昨日撮り溜めしておきました。十四夜の月。これだけデータを入れておきます。1000ミリのレフレックスに1.4倍のテレコンバーター。