夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

あかつきの露もなみだもとどまらで

2009年12月06日 09時17分26秒 |  気になる詩、言葉


あかつきの露もなみだもとどまらで
       恨むる風の聲ぞのこれる
            相模
            新古今集 4-372


今日は濃い朝霧が起っておりました。その霧を通して、金色の太陽が周りの木々を黒く浮かび上がらせながら登ってまいりました。
冷たくなった恋人への恨み辛み、そして涙、、 悲しみに打ちひしがれている相模には申し訳ないけど、心のどこかが少しだけ嬉しいような、それでいてアンニュイな朝を過ごしております。

相模の詩は少し前にも取り上げていますね。

手もたゆくならす扇のおきどころ
       忘るばかりに秋風ぞ吹く


こちらでは何も説明を加えておりませんでした。
「手もたゆくならす扇のおきどころ」なんて、面白い表現をされているのに対抗して、棕櫚の葉を扇に見立てて、、、、
でも、才能の差だけが目につく仕儀と相成りました。
あっちはプロみたいなものだから、仕方ありませんと自分で自分を慰めておりましたよ。

ところで冒頭の相模の詩。
これは実は新古今集の哀傷詩の代表作と位置付けられている

玉ゆらの露も涙もとどまらず
      亡き人恋ふる宿の秋風
          藤原定家
          新古今集 8-788

の本歌になったものです。
定家の詩は慕っていた母親が亡くなり、父(俊成)の家を訪ねて行った時の哀愁の詩なのです。
俊成の日記には
「七月七日秋風あらく吹き雨そそぎける日、左少将まうできて、帰るとて書きおきける」としてこの詩を紹介しています。
ほんとうは、今日の日記にはこちらを使いたかったのですけど、私の母はまだ存命。縁起でもない詩を載せたら叱られちゃう。

定家は相模の「あかつきの露もなみだもとどまらで」というのを引用しながら、実はその下の「恨むる風の聲ぞのこれる」の心情を加えたかったのですね。

定家の父、俊成も
定家朝臣の母身まかりて後、秋ごろ、墓所近き堂にとまりて、よみ侍りける
として、

まれにくる夜波も悲しき松風を
    絶えずや苔のしたにきくらむ
          新古今集 8-796

というのを残しています。もちろん定家の母というのは俊成の妻だったわけですよね。

俊成、定家という二大詩人に追悼の詩を贈られた母はある意味幸福な人ですね。



先ほどまでは、朝霧に包まれていた我が家も、今は木立を通してしたのひこばえの緑に包まれた田んぼが見渡せるようになってきました。
今日は小春日和の暖かい一日になりそう。
もう少ししたら東京へ戻る準備をいたします。
でも、今日のような日には、岬に残る気持ちが大きくて、、、