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沖縄戦「集団自決」の謎と真実 |
琉球舞踊が、組踊りに次いで重要文化財に認定され、沖縄文化は今や真っ盛りの感がある。
地元の各大学には「沖縄語講座」が設けられているし、これから8月に入ると各地でエイサー大会が催される。 エイサーは県内に留まらず、本土各県に飛び出して東京の繁華街新宿でもエイサーを踊りまくっていると聞く。
しつこいようだが、差別・弾圧により沖縄文化消えかかっていると叫ぶ方々、そして先住民認定をして沖縄文化を保護せよとトンチンカンな主張をしている方々よ、
早くどこかへ消えて欲しい。
最近沖縄紙でも沖縄語の解説記事が多いので、当日記の「沖縄語講座」の出る幕がなく、ここのところ開店休業の有様だった。
何とか開店の機会を伺っていたら、やっとその機会を見つけた。
琉球新報 金口木舌 2009年6月6日
50代後半から物忘れがひどくなった。模合などでそのことが話題に上ることも珍しくない。沖縄では「カニ ハンリル」という
▼カニとは番匠矩(ばんじょうがね)(大工道具のL字型の物差し)で、尺を誤る(ハンリル)と建物に歪(ひず)みが生じ住居として用を成さないこととなる。人間もしかり―と指摘したのは南部地区の介護施設で認知症に取り組んだ照屋善助さん
▼その施設を訪れた折のことだが、一人の女性がロの字型の廊下をひたすら歩いている光景に出合った。女性の傍らを職員がメモ帳を手に付いている。時折、他人の部屋に入っては小物を袋に詰めて出てくる
▼「徘徊癖(はいかいへき)があるんですよ」と照屋さん。「ただ歩いているようですが、彼女にはちゃんと目的があるのです」と説明を加えた。女性と歩きだした照屋さんが声を掛けると煩わしそうに口を利いた
▼外出先からの帰りで雨が降りだしそうな上に、じき夫が帰宅するので急いでいるのだ、と話した。他人の部屋からタオルや目覚まし時計などを持ち出すのは、洗濯物を取り込み、買い物をしていると解説する
▼「認知症は放っておくと悪化する。何をしたいのか常に問い掛け、会話を絶やさないこと、やりたいことを抑えつけないことが改善につながる。人間って変わるんだよね。現場で学んだよ」と語った照屋さんの笑顔が忘れられない。
◇
最初に断っておくが当日記の沖縄語講座は、前にも謳ってあるように「独断と偏見による」狼魔人流・沖縄語講座であり、いうまでもなく沖縄語専門家の論文の類とは趣を異にするものである。
従って、その独断が正当かどうかについては責任を負いかねるので念のため申し添えておきたい。
さて、歳を取ってモウロクし認知症気味になることを、沖縄語ではカニハンリルという。
沖縄選出の革新系某国会議員が、かつてNHKの中継放送中の首相質問時にカニハンリてしまった。
同じ質問(印刷物を読んだ)を繰り返し長々と読み上げ、異常にに気が付いた同僚議員が飛んできて注意したが、くだんの議員、状況が良く飲み込めず、更に意味不明の別ページを読み続けたため首相は困惑し、ただ笑顔でごまかす以外になす術を知らなかった。
結局、その議員はそのまま引退したが、全国に生放送されたその議員のカニハンリた状況を地元紙は「惻隠の情」とでも思ったのか一切報じなかった。
既に物故された同議員の名誉の為名前は敢えて伏せるが、地元選出議員が質問すると言うことで、NHK国会中継を見ていた筆者は、冷や汗をかきながらそのシーンを見た事を昨日のことのように想い出す。
さて、引用の新報の「カニハンリル」の解説は、一読して当を得ているように思われるが、方言専門家の意見はともかく、狼魔人の腑にはストンと落ちかねる説明である。
先ず記事では「ハンリル」を「誤る」と解しているが、確かに広い意味では「誤る」ともいえる。 だが、元の意味からいえば「外れる」が正しい。
つまり「カニハンリル」とは何かが外れてしまい、これまで正常だったモノがバラバラになって統合不能・制御不能になる状態をいう。
要(かなめ)という言葉は、元々扇の要が、蟹の目に似ていることから、「カニメ⇒カナメ」と呼ばれるようになるが、重要を意味する漢字の「要」にこれを当てた。
昔の扇子は力点が加わるカナメの部分を丈夫にするため、その部分に金具を使った。
つまり沖縄語のカニハンリルは扇の要の部分の金具(カニ)が外れて(ハンリて)バラバラになり、本来の用途をなさない状態に由来する、というのが狼魔人流の解釈。
写真では要部分はプラスチックのようだが、昔は金具でカニの目のように出ていたという。⇒
言葉の語源を辿るには音便から辿る場合と意味から辿る場合がある。 扇の要は意味、音便の両方からいっても説明がつくが、意味を先行して考えると「箍(たが)が外れる」という説も有力である。
「たが」とは、桶の周囲にはめ、その胴が分解しないように押さえつけてある、金や竹で作った輪のことである。
で、「たがが外れる」の意味には、組織などの規律が緩むという意味のほかに、
「年をとったりして、気力・能力が鈍くなる。」という意味がある。
最近では見かけなくなった桶だが、金具の「たが」外れたら使い物にならなくなるのは人間も同じ。(寂しい!)
さて、カニハンリルの「ハンリル」の語感から新報の「尺を誤る」説に異論を唱え、扇の要(金具)説を独断で主張する狼魔人流だが、読者の皆様、どちらに説得力がありますか?
それよりも、自分のカニハンリに気をつけなさいって?
はい、スミマセン、気をつけます。
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