【ソウル共同】韓国のソウル中央地裁は21日、旧日本軍の「元従軍慰安婦」の女性や遺族ら計20人が日本政府に損害賠償を求めた訴訟で、国家は外国の裁判権に服さないとされる「主権免除」の原則があるため韓国に裁判権はないと判断し、訴えを却下した。判決は、2015年の日韓政府間合意は「日本政府レベルの権利救済」で今も有効だと指摘。裁判を行えば日本との「衝突が予想される」と懸念した。
ソウル中央地裁での判決後、記者団の取材に応じる元従軍慰安婦の李容洙さん=21日(共同)
1月判決と対照的
同地裁では1月に別の元慰安婦12人(故人を含む)が原告となった同種訴訟で、別の裁判官らが慰安婦動員は「反人道的犯罪行為」で主権免除は適用できないと判断し、賠償を命じる判決を出しており、対照的な結果となった。
21日の判決は、慰安婦問題解決は日本との外交交渉など「韓国の対内外的な努力により達成されなければならない」と述べ、裁判で解決を図ることに否定的な姿勢をうかがわせた。韓国では18年10月に日本企業に元徴用工らへの賠償を命じた最高裁判決が出た後、植民地支配に絡み日本企業や政府に賠償を命じる司法判断が続いてきた。この流れが今後変わるかどうかが注目される。
日本政府は、主権免除原則を適用し請求は退けられるべきだと主張しながら2件の訴訟への参加を拒否。1月の判決にも控訴手続きを取らず、確定した。21日の判決は日本政府の立場を受け入れた形で原告側は反発。原告が控訴し、主権免除原則適用の是非について、上級審が審理する公算が出てきた。
21日判決の訴訟の原告は李容洙(イヨンス)さん(92)ら。16年12月に計約30億ウォン(約2億9千万円)の賠償を求め提訴した。
一方、1月に判決が出た訴訟に絡み同地裁は、訴訟費用を確保する目的の日本政府資産の差し押さえは「国際法に違反する恐れがある」として認めない決定を出している。この訴訟では敗訴が確定した日本が賠償支払いに応じないため、原告は賠償履行のために韓国内にある差し押さえ可能な日本政府の資産を探す手続きも申し立てている。
主権免除是非 確立せず
[解説]
元従軍慰安婦が日本政府に賠償を求めた訴訟で、ソウル中央地裁は原告の訴えを却下した。国家は外国の裁判権に服さないとされる国際法上の「主権免除」原則が適用され、韓国の裁判権が及ばないと判断した。1月の同地裁判決とは正反対の解釈で、韓国裁判所の中でも主権免除に対する判断が確立していないことが示された。
文在寅大統領は日本政府に賠償を命じた1月の判決を巡り、その後の記者会見で「困惑している」と述べ、否定的な見解を示していた。そうした発言が、今回の司法判断に影響を与えた可能性もある。
1月に判決が出た訴訟は、訴訟費用も被告の日本政府が負担することを命じたが、同地裁の別の裁判官は訴訟費用確保のために日本政府資産を差し押さえることは認めない決定を出している。
1月の判決は確定しており、日本政府が支払いを拒む中で、賠償履行目的の日本政府の資産差し押さえの行方が次の焦点になる。
日韓合意生かし 責任ある対応を
東大大学院の木宮正史教授(韓国政治外交論)の話 韓国の裁判所は1月の判決では日本政府に賠償を命じたが、韓国内にある日本政府の資産差し押さえなどは現実的に実行しにくく、そのような判決は象徴的な意味しか持たない。混乱を招くだけの判決は出すべきではないという思考が、今回判決の裁判官に働いた可能性がある。また文在寅大統領が記者会見で1月の判決に「困惑している」と言及し、2015年の日韓合意を「公式合意と認める」と明言したことは、裁判官も認識していたはずだ。直接の介入はなくても判決に影響を与えた可能性はある。合意は「日韓両政府が協力し、元慰安婦の名誉と尊厳の回復、心の傷を癒やすための事業を行う」とした。韓国側が合意を再評価する姿勢を見せている今、日本政府は「合意で全て終わった」と言うのではなく、合意を生かす責任ある対応を取るべきだ。
(写図説明)ソウル中央地裁での判決後、記者団の取材に応じる元従軍慰安婦の李容洙さん=21日
(写図説明)韓国地裁判決のポイント
旧日本軍の慰安婦だった李容洙(イヨンス)さん(92)ら20人が日本政府に総額30億ウォン(約2億9千万円)の賠償を求めた訴訟の判決が21日、ソウル中央地裁で言い渡された。地裁は原告の訴えを認めず、請求を退けた。
同地裁では別の裁判官が1月8日に、日本政府に対して元慰安婦や遺族ら12人への賠償を命じる判決を出しており、判断が分かれた。1月の判決確定後も日本政府に賠償を履行する意思はないことから、李さんは国際司法裁判所(ICJ)への提訴を日韓両政府に求めている。李さんは判決後、記者団に「荒唐無稽だ。ICJに判断してもらう」と話した。
日本政府は、賠償問題は1965年の日韓請求権協定で解決済みとの立場だ。裁判には、国家には他国の裁判権が及ばないとする国際法上の原則「主権免除」を理由に参加自体を拒否してきた。
地裁は判決の中で、15年末の日韓慰安婦合意による支援について「被害者の苦痛に比べれば十分ではない」と言及。ただ、国際慣習法や韓国の判例に照らして、日本政府の主権免除は「認めざるを得ない」と判断した。また、「被害者の回復は、韓国政府が日本との外交的交渉などの努力で解決しなければならない」とも指摘した。
1月の元慰安婦訴訟の判決をめぐっては、日本政府が賠償の支払いに応じない構えのため、原告が韓国内にある日本政府の資産差し押さえを検討している。
しかし、ソウル中央地裁は20日までに、訴訟費用確保のための日本政府の資産差し押さえを「国際法違反の恐れがある」として認めない決定をした。15年の日韓合意で日本政府が拠出した10億円を財源にした支援金などを一部の原告が受け取っていたことも、差し押さえを認めない理由に挙げた。賠償手続きでも差し押さえは認められない可能性が高いとみられている。(ソウル=鈴木拓也)
朝日新聞社