少し前に、島田洋七の「佐賀のがばいばあちゃん」を読んだ。
ドラマや映画化にもなり、話題となった作品である。
内容はさておき、個人的には大変懐かしく、子供の頃を思い出させる
ものであった。
私が21歳の頃まで、母方の曾おばあちゃんがいた。
99歳で亡くなるまで、お酒もタバコもやり、口も悪かったが
人には親切で、人情味溢れる明治女であった。
小学生の頃、長い休みの間はいつも、この曾おばあちゃんと一緒で、
日長いろんな話を聞かされたものである。
16歳で嫁に行った話、戦時中の苦労話は定番であった。
子供ながらにも、そんな曾おばあちゃんとの、ひと時が割と好きで
親の言うことは、聞きもしないのに、曾おばあちゃんの言うことは
素直に聞けたものであった。
亡くなった時、私は大学を休学して旅行をしていた。
1年間の旅行中にした、一度だけの電話でそれを知った時は、ほんとうに
ショックで、1日中ブエノスアイレスの安宿に引きこもっていたのを覚えている。
きっと、人の数だけそれぞれの、がばいばあちゃんがいるのだろう。
私にとっては、この曾おばあちゃんこそが「がばいばあちゃん」である。
![](https://www.myanmar-teak.com/image/logottb6.gif)
ドラマや映画化にもなり、話題となった作品である。
内容はさておき、個人的には大変懐かしく、子供の頃を思い出させる
ものであった。
私が21歳の頃まで、母方の曾おばあちゃんがいた。
99歳で亡くなるまで、お酒もタバコもやり、口も悪かったが
人には親切で、人情味溢れる明治女であった。
小学生の頃、長い休みの間はいつも、この曾おばあちゃんと一緒で、
日長いろんな話を聞かされたものである。
16歳で嫁に行った話、戦時中の苦労話は定番であった。
子供ながらにも、そんな曾おばあちゃんとの、ひと時が割と好きで
親の言うことは、聞きもしないのに、曾おばあちゃんの言うことは
素直に聞けたものであった。
亡くなった時、私は大学を休学して旅行をしていた。
1年間の旅行中にした、一度だけの電話でそれを知った時は、ほんとうに
ショックで、1日中ブエノスアイレスの安宿に引きこもっていたのを覚えている。
きっと、人の数だけそれぞれの、がばいばあちゃんがいるのだろう。
私にとっては、この曾おばあちゃんこそが「がばいばあちゃん」である。
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