先日、日本に出稼ぎに来ている中国人女性と話をする機会があった。
聞けば、衣料品を扱う縫製工場に2年の契約で来ているとのこと。
就業規則は大変厳しく、休みの日も自由に外出できる日は限られて
いるのだという。1日8時間の就労で、さらに残業もあり「毎日、
ただ働くだけ…」とこぼしていた。
日本語は大連の学校で覚えたようで、日本に来る前から通常会話は
ほぼ話せたようである。もっとも日本語が話せなければ日本には
来れなかったと語っていた。
中国、東北部のハルピン近くの田舎町から来た彼女は、家はあまり裕福では
なく彼女は一家の代表として来たのだという。
一昨年、ハルピンに行ったことを話したのが、こちらはただの観光である。
そう伝えた後、なんとなく後味の悪い感じがしてしまい、ちょっと後悔
した。
「稼いだお金は故郷の両親のため…」と、遠くを見つめる目で、放った一言が
とても印象に残った。
昔の日本もそうだった。都会に出て働く子供は、田舎に住む親のためにせっせと
仕送りをしていた。誰に言われたわけでもない、自然に芽生えた想いからそう
していたはずである。
いずれ、中国でもこのようなことがどんどんなくなっていくのだろう。
豊かになることと引き換えに、自分のことばかりで他人を思いやる気持ちが
どんどん失われていくのは、ちょっと寂しいことである。

聞けば、衣料品を扱う縫製工場に2年の契約で来ているとのこと。
就業規則は大変厳しく、休みの日も自由に外出できる日は限られて
いるのだという。1日8時間の就労で、さらに残業もあり「毎日、
ただ働くだけ…」とこぼしていた。
日本語は大連の学校で覚えたようで、日本に来る前から通常会話は
ほぼ話せたようである。もっとも日本語が話せなければ日本には
来れなかったと語っていた。
中国、東北部のハルピン近くの田舎町から来た彼女は、家はあまり裕福では
なく彼女は一家の代表として来たのだという。
一昨年、ハルピンに行ったことを話したのが、こちらはただの観光である。
そう伝えた後、なんとなく後味の悪い感じがしてしまい、ちょっと後悔
した。
「稼いだお金は故郷の両親のため…」と、遠くを見つめる目で、放った一言が
とても印象に残った。
昔の日本もそうだった。都会に出て働く子供は、田舎に住む親のためにせっせと
仕送りをしていた。誰に言われたわけでもない、自然に芽生えた想いからそう
していたはずである。
いずれ、中国でもこのようなことがどんどんなくなっていくのだろう。
豊かになることと引き換えに、自分のことばかりで他人を思いやる気持ちが
どんどん失われていくのは、ちょっと寂しいことである。
