小川洋子さんの「やさしい訴え」は良かった。好みだった。
元ピアニストでチェンバロ職人と傷心の二人の女性の物語。
チェンバロ職人の新田氏は、人前での演奏が怖くなり、ピアノを捨てた過去を持つ男。
ラモーの「やさしい訴え」(Naxos Library 8.550465 track09)の楽想そのままに、話のトーンは静かで、哀しく、慎ましやか。小説の舞台が森の奥だからなのか、適度な湿り気が感じられて、心地よい。終わり際は、静かに穏やかに胸に押し寄せてくるものがある。いい小説だ。
ピアノ好きとしては、やはり、巧みな音楽の描写に目が行く。たとえば、
「チェンバロはただわたしの前にじっとたたずんでいるだけなのに、いくらでも美しいメロディーを発することができた。
葦は風にそよぎ、風車は軽やかに回り、メヌエットは細やかな装飾に彩られ、ロンドは切ない余韻を残した。ある曲は雪にしみ込んでいった。別の曲はわたしたちの間を波打ちさ迷った。またある曲は哀しみの言葉をつぶやいた。
音色はわたしの胸の一番奥深いところまで届いた。光も言葉も届かない小さな暗闇を、ゆっくりと満たしていった。・・・。」
「わたしは破壊されるチェンバロだった。」
「東欧の田舎の村で、茶色い目をした美少年が、夕暮れ時に一人で口ずさむような曲。まわりにはポピーが咲いてて、岡の上には崩れかけた城壁と、教会の塔が見えるの」(←この曲の題名は、読み進めると分かります)
と、こんな素敵な描写が散りばめられている。どうしてこんなに美しく音を描写できるんだろう?
音楽の描写もさることながら、自然の息遣いが聞こえてきそうな美しい自然描写も、たいへん惹き込まれるものがあった。高原の湖のある別荘で、のんびり過ごしてみたくなる。
とかく沈みがちな話に、救いをもたらしていたのは、とても愛嬌のある老犬ドナだった。場を和ませてくれる愉快なワンちゃんだ。自分も、その昔、とてもよく懐いてくれたワンちゃん(ポメラニアン君?)がいたことがあって、終わり際は、彼が忍ばれて、ついつい目頭が熱くなる。
それとですね、主人公の瑠璃子さんのイメージ(静かで知性があって、それでいて情が深く、ある意味恐い女性)と、青柳いづみこさんとが勝手に重なってました。ちょうど青柳いづみこさんの「やさしい訴え」を聴いていたからだろうけど・・・。
カリグラファーという西洋の習字の話も出てきて、文字にも美の世界が広がっているのだなぁと思う。
とにかくピアノ、チェンバロ、バロック音楽、静かな自然、ワンちゃん、この辺のキーワードにピピンッと来る方には、たいへんお薦めの一冊ではないかと。
元ピアニストでチェンバロ職人と傷心の二人の女性の物語。
チェンバロ職人の新田氏は、人前での演奏が怖くなり、ピアノを捨てた過去を持つ男。
ラモーの「やさしい訴え」(Naxos Library 8.550465 track09)の楽想そのままに、話のトーンは静かで、哀しく、慎ましやか。小説の舞台が森の奥だからなのか、適度な湿り気が感じられて、心地よい。終わり際は、静かに穏やかに胸に押し寄せてくるものがある。いい小説だ。
ピアノ好きとしては、やはり、巧みな音楽の描写に目が行く。たとえば、
「チェンバロはただわたしの前にじっとたたずんでいるだけなのに、いくらでも美しいメロディーを発することができた。
葦は風にそよぎ、風車は軽やかに回り、メヌエットは細やかな装飾に彩られ、ロンドは切ない余韻を残した。ある曲は雪にしみ込んでいった。別の曲はわたしたちの間を波打ちさ迷った。またある曲は哀しみの言葉をつぶやいた。
音色はわたしの胸の一番奥深いところまで届いた。光も言葉も届かない小さな暗闇を、ゆっくりと満たしていった。・・・。」
「わたしは破壊されるチェンバロだった。」
「東欧の田舎の村で、茶色い目をした美少年が、夕暮れ時に一人で口ずさむような曲。まわりにはポピーが咲いてて、岡の上には崩れかけた城壁と、教会の塔が見えるの」(←この曲の題名は、読み進めると分かります)
と、こんな素敵な描写が散りばめられている。どうしてこんなに美しく音を描写できるんだろう?
音楽の描写もさることながら、自然の息遣いが聞こえてきそうな美しい自然描写も、たいへん惹き込まれるものがあった。高原の湖のある別荘で、のんびり過ごしてみたくなる。
とかく沈みがちな話に、救いをもたらしていたのは、とても愛嬌のある老犬ドナだった。場を和ませてくれる愉快なワンちゃんだ。自分も、その昔、とてもよく懐いてくれたワンちゃん(ポメラニアン君?)がいたことがあって、終わり際は、彼が忍ばれて、ついつい目頭が熱くなる。
それとですね、主人公の瑠璃子さんのイメージ(静かで知性があって、それでいて情が深く、ある意味恐い女性)と、青柳いづみこさんとが勝手に重なってました。ちょうど青柳いづみこさんの「やさしい訴え」を聴いていたからだろうけど・・・。
カリグラファーという西洋の習字の話も出てきて、文字にも美の世界が広がっているのだなぁと思う。
とにかくピアノ、チェンバロ、バロック音楽、静かな自然、ワンちゃん、この辺のキーワードにピピンッと来る方には、たいへんお薦めの一冊ではないかと。