選挙:衆院選 民主政権誕生-あなたの暮らしは マニフェストからシミュレーション
毎日新聞 2009年8月31日
政権交代を実現した民主党は衆院選のマニフェスト(政権公約)で、「子育て・教育」「年金・医療」「雇用」など暮らしに直結する分野を中心に総額16兆8000億円に上る独自政策の実行を約束している。民主党政権は、どのようなスケジュールで一連の政策を行うと宣言しているのか。その政策が実現すると、国民の暮らしはどのように変わるのか。同党のマニフェストをもとに、近未来のわれわれの暮らしを描いてみた。【山崎友記子、念佛明奈、白戸圭一】
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民主党が「子ども手当」を創設し、財源の確保で所得税の扶養控除や配偶者控除を廃止すれば家計の収入はどのように変わるのか。構成が異なる世帯を想定し、明治安田生活福祉研究所の河本淳孝主席研究員の協力を得て、家計への影響額を試算してみた。あわせて、老年者控除を復活させる年金生活の高齢者世帯についても試算した。
子ども手当は、全額の年間31万2000円が支給されたと仮定。子供はすべて夫の扶養親族とし、16歳以上23歳未満の親族らが対象の「特定扶養控除」は現行のままとした。民主党は「住民税の控除は現状のまま」としているため、試算に住民税は含めず、医療費控除などもないものとしている。
◆1万9000円負担増
子供がおらず、妻が65歳未満の専業主婦で、夫が現役で働いて納税する世帯は「子ども手当」の恩恵はなく家計の出費は増えることになる。所得税の支払額がこれまでより増えるためだ。
夫42歳、専業主婦の妻40歳で年収400万円の世帯の場合、現行では年間の所得税額は6万9100円。配偶者控除が廃止されると年収は変わらなくても課税対象の所得金額が多くなり、所得税額は8万8100円に。廃止前より1万9000円の増税となる。
民主党が7月末に発表した試算結果では、子ども手当の創設で家計の負担が増える「子供のいない、65歳未満の専業主婦がいる納税世帯」は約196万世帯で全世帯の4%未満としている。子供がいない共働き世帯、単身世帯では、家計へは影響がない。
◆59万4400円手取り増
子ども手当の支給対象となる年齢の子供が多くいる世帯では、大幅な収入増が見込まれる。
夫婦ともに35歳、妻は専業主婦、9歳、7歳、2歳の子供3人がいる年収500万円の世帯で試算すると、現行の所得税額は年4万7100円だ。9歳と7歳の子供には現在、1人当たり年額6万円、2歳の子供には12万円の児童手当が支給されており、3人合計で24万円になっている。
子ども手当の支給が始まると、1人当たり年間31万2000円、3人で計93万6000円受け取ることになる。児童手当と比べると年間で69万6000円の増額となる。一方、所得税の配偶者控除と扶養控除が廃止されることで所得税は10万1600円増え、14万8700円となる。子ども手当で増えた69万6000円から、所得税の増額分10万1600円を差し引いた59万4400円が、手取り収入の実質的な増加分となる。
◆3万8000円負担増
妻が専業主婦で、子ども手当の支給対象とならない子供がいる世帯では、配偶者控除、扶養控除が廃止されて所得税額が増え、手取り収入が減るケースも見込まれている。
夫46歳、専業主婦の妻43歳、大学生19歳、公立高校生16歳、年収700万円の4人家族の場合、現在の所得税は11万9800円だ。
子ども手当が創設されても支給対象外のため、手当は受けられない。一方で配偶者控除が廃止され、所得税額は年額15万7800円となり、現在より税負担が3万8000円増える。
ただ、民主党は公立高校生の授業料無償化も打ち出している。その分も考慮すると、授業料相当額(年間約12万円)が世帯に支給されるため、増税分を差し引いて8万2000円の収入増になり得る。この家庭の高校生が私立高校に通っていた場合でも年間約12万円が支給される。
◆40万6000円手取り増
中学生以下の子供がいる、夫婦共働き世帯の場合も、子ども手当の増額分だけでなく、所得税にも影響が出る。
夫婦とも35歳で夫の年収は400万円、妻の年収は200万円、7歳の小学1年生と2歳の幼児がいる世帯の場合、現行の児童手当は2人分で年間18万円。子ども手当に変わると年間で計62万4000円。差し引き44万4000円の増額となる。子供2人分の扶養控除はなくなるため、夫の所得税は現行の5万1250円から3万8000円増え8万9250円となる。妻の所得税額は変わらない。増税分を差し引くと、この世帯は40万6000円の増となる。
この世帯の子供が、中学生と小学生ならば同じ年収でも小学生や幼児だけの場合より増額幅は大きくなる。児童手当の対象が小学生までなのに対し、子ども手当は中学卒業まで支給期間が延び、中学生も手当がもらえるためだ。
◆手取り額影響なし
子供がいる共働き夫婦の世帯でも、大学生や高校生の場合は、子ども手当の創設や所得税控除の見直しによる影響は出ない。
夫婦とも45歳、夫の年収は500万円、妻の年収は300万円で計800万円、19歳の大学生がいる世帯でみると、特定扶養控除が存続するため、大学生1人分の控除額63万円も変わらず、夫の所得税額も9万100円で現行と変わらない。妻の所得税も変わらず、子ども手当の対象でもないため、手取り額に変化はない。
ただ、特定扶養控除を残す場合でも、民主党は、根本の扶養控除を廃止するとしているため、特定扶養の控除額が現行と同額のままになるかどうかは不透明だ。控除額が減額されれば、税負担が増え、手取り収入が減る可能性も残る。
◆所得税1万7150円→1150円
配偶者控除が廃止されると所得税が増え、手取り収入が減るのではと懸念された年金受給者世帯だが、実際は、民主党が公的年金の控除拡大や老年者控除の復活を公約しているため、手取り額は増える見通しだ。
夫65歳、妻63歳の夫婦2人で、収入は夫の年金のみの年額240万円の世帯(国民健康保険料などは東京23区の例を参照)の場合、現行では、配偶者控除などを差し引いた課税所得金額は34万3000円で、年金収入にかかる所得税は1万7150円だ。
税制改正が行われ、配偶者控除がなくなっても老年者控除が復活するので、課税所得金額は2万3000円に。所得税は1150円となる。改正前からは税額が1万6000円減り、その分、手取りが増えることになる。
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民主党は主な生活関連の政策について、マニフェストに「工程表」を盛り込んで政策別に開始する時期を示している。
●10年度から 子ども手当が目玉
マニフェストで10年度からの実施を明示している主な生活関連の政策は(1)子ども手当(2)公立高校の実質無償化(3)ガソリン税などの暫定税率廃止(4)雇用保険の拡大適用--だ。
子ども手当は民主党の目玉政策。中学卒業までの子供のいる世帯に、子供1人当たり月額2万6000円(10年度はその半額)を支給する。10年度の所要予算額は2兆7000億円、全額支給される11年度からは毎年5兆3000億円が必要となる。生活関連の政策で最も巨額の予算が必要だが、政権発足後に本格化する10年度の予算編成で予算を計上し財源は所得税の配偶者控除廃止などで浮いた金を充てる方針だ。
公立高校の実質無償化は、公立高校生のいる世帯に授業料相当額を支給する制度。私立高校生のいる世帯にも年額12万円(低所得世帯は24万円)を援助する。年間所要予算額は5000億円。
ガソリン税などの暫定税率廃止では、税率が失効した08年4月の時と同じく、レギュラーガソリンの価格を1リットル当たり25円前後値下げするガソリンスタンドが出現するケースも考えられる。
雇用保険の適用拡大は、すべての労働者を雇用保険の被保険者とし、失業後1年間は在職中と同じ程度の保険料の負担で医療保険に加入できるようにする政策だ。
●11年度から 農業の戸別所得補償制度の開始
農業の戸別所得補償制度を11年度から約束。農産物の販売価格が、生産に要した費用を下回った場合に差額を補てんする制度で畜産、酪農、漁業でも同様の補償を実施する。
●段階的実施 高速道路無料化
高速道路の無料化は、まず10年度に交通量の少ない地方部で実施し、都市部では料金の割引率を試行・検証する「社会実験」を重ねながら順次無料区間を拡大していく方針だ。ただし、首都高速と阪神高速は現状通り、有料で運営されるとみられている。
年金については、10、11両年度の2年間を記録問題への集中対応期間と位置づけた。だが、自民党政権下で「10年かかる」とされた記録の照合を2年間で進める手順は不明だ。
民主党は年金について、職業にかかわりなく全員が同じ制度に加入する「一元化」▽納めた保険料に応じた「所得比例年金」▽月額7万円以上受け取れるようにする「最低保障年金」--の創設を公約している。工程表では、12年度に制度設計し、13年度に法案の具体化を進めると明示している。
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◇官僚の壁、難しい主導権--政治アナリスト・伊藤惇夫氏
民主党政権には、時間をかけて政策を実行する余裕はない。国民は、政権を代えれば今の閉塞(へいそく)状況から抜け出せるのではないか、という期待感を持っている。政権初期の段階で国民が「あっ、変わったな」という印象を受ける具体的な成果を上げなければ、大きな期待感は一挙に失望感へと変わる可能性がある。
民主党は国会議員100人を政府に送り込み、政治を官僚主導から政治家主導に変えると訴えてきた。だが自公政権でも、既に70人近くの国会議員が大臣や副大臣として役所の中に入っていた。単に100人の議員を省庁にばらまくだけでは、政治家主導の政治は実現しない。
民主党内で政権運営の経験を持つ議員は、鳩山由紀夫代表、小沢一郎代表代行など数人しかおらず、政治経験の浅い議員がかなりを占める。手練手管を用いて抵抗する官僚組織と対峙(たいじ)し、主導権を握るのは容易ではない。
こうした状況の下で政権は、ただちに補正予算の凍結と組み替えに取り組み、並行して来年度予算を編成する膨大な作業に取り組まなければならない。マニフェスト(政権公約)で掲げた新しい政策の「子ども手当」や農業の戸別所得補償などを実現しようと思えば、初年度だけで7兆円以上の新たな財源が必要となる。
民主党は税金の無駄づかいを省き、「埋蔵金」を掘り起こすことで政策の財源を確保すると言ってきた。だが官僚機構は、自分たちが作り上げたシステムを否定されたくないので「予算のムダはない」と言い続けたいし、「埋蔵金」を掘り起こされたくもない。政権の成否は、こうした官僚の抵抗をいかにねじ伏せ、うまく使いこなしていけるかにかかってくる。
公約を実現するためには、結束が肝心だ。発足したばかりの政権で閣内不一致が露呈したり、政権内部で対立の構図が生まれれば、官僚組織から「この政権は長続きしない」と足元をみられ、国会運営もうまくいかなくなってしまう。
当面、国民の関心は、マニフェストに盛り込まれた公約が実現できるかどうかに集中するだろう。政権側も内政問題を優先し、外交や安全保障問題など政権に亀裂が入りかねないテーマは先送りすると思う。
だが、外交安保政策や憲法改正問題など、「国づくり」の柱となる問題での立場を明確にし、国民に方向性を示すことも必要だ。それが、民主党が長期にわたり政権の座を維持できるかどうかの分かれ目になるだろう。(談)
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■人物略歴
1948年生まれ。自民党本部に約20年勤務後、新進党に移り、民政党から合流して約4年間、民主党の事務局長を務めた。著書に「民主党 野望と野合のメカニズム」など。
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