● 事件名 戸籍訂正許可申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件
事件番号 平成25(許)5
事件名 戸籍訂正許可申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件
裁判年月日 平成25年12月10日 法廷名 最高裁判所第三小法廷
裁判種別 決定 結果 破棄自判
原審裁判所名 東京高等裁判所 平成24(ラ)2637
原審裁判年月日 平成24年12月26日
裁判要旨 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者の妻が婚姻中に懐胎した子は,妻との性的関係の結果もうけたものであり得なくても,夫の子と推定される
全文
平成25年(許)第5号 戸籍訂正許可申立て却下審判に対する抗告棄却決定に
対する許可抗告事件 平成25年12月10日 第三小法廷決定
主 文
原決定を破棄し,原々審判を取り消す。
本籍東京都新宿区▲▲,筆頭者X1の戸籍中,A(生年
月日平成21年11月▲日)の「父」の欄に「X1」と
記載し,同出生の欄の「許可日 平成24年2月▲日」
及び「入籍日 平成24年3月▲日」の記載を消除し,
「届出日 平成24年1月▲日」,「届出人 父」と記
載する旨の戸籍の訂正をすることを許可する。
理 由
抗告代理人山下敏雅ほかの抗告理由について
1 本件は,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例
法」という。)3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受け
た抗告人X1及びその後抗告人X1と婚姻をした女性である抗告人X2が,抗告人
X2が婚姻中に懐胎して出産した男児であるAの,父の欄を空欄とする等の戸籍の
記載につき,戸籍法113条の規定に基づく戸籍の訂正の許可を求める事案であ
る。
2 記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。
・・・・・(略)・・・
3 原審は,次のとおり判断して,本件申立てを却下すべきものとした。
嫡出親子関係は,血縁を基礎としつつ,婚姻を基盤として判定されるものであっ
て,民法772条は,妻が婚姻中に懐胎した子を夫の子と推定し,婚姻中の懐胎を- 3 -
子の出生時期によって推定することにより,家庭の平和を維持し,夫婦関係の秘事
を公にすることを防ぐとともに,父子関係の早期安定を図ったものであることから
すると,戸籍の記載上,夫が特例法3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱い
の変更の審判を受けた者であって当該夫と子との間の血縁関係が存在しないことが
明らかな場合においては,民法772条を適用する前提を欠くものというべきであ
る。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1) 特例法4条1項は,性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,民法その他
の法令の規定の適用については,法律に別段の定めがある場合を除き,その性別に
つき他の性別に変わったものとみなす旨を規定している。
したがって,特例法3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,以後,法令
の規定の適用について男性とみなされるため,民法の規定に基づき夫として婚姻す
ることができるのみならず,婚姻中にその妻が子を懐胎したときは,同法772条
の規定により,当該子は当該夫の子と推定されるというべきである。
もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき
時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住し
て,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在
する場合には,その子は実質的には同条の推定を受けないことは,当審の判例とす
るところであるが(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44年5月29日第一
小法廷判決・民集23巻6号1064頁,最高裁平成8年(オ)第380号同12
年3月14日第三小法廷判決・裁判集民事189号497頁参照),性別の取扱い- 4 -
の変更の審判を受けた者については,妻との性的関係によって子をもうけることは
およそ想定できないものの,一方でそのような者に婚姻することを認めながら,他
方で,その主要な効果である同条による嫡出の推定についての規定の適用を,妻と
の性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に認めないとすることは相当
でないというべきである。
そうすると,妻が夫との婚姻中に懐胎した子につき嫡出子であるとの出生届がさ
れた場合においては,戸籍事務管掌者が,戸籍の記載から夫が特例法3条1項の規
定に基づき性別の取扱いの変更の審判を受けた者であって当該夫と当該子との間の
血縁関係が存在しないことが明らかであるとして,当該子が民法772条による嫡
出の推定を受けないと判断し,このことを理由に父の欄を空欄とする等の戸籍の記
載をすることは法律上許されないというべきである。
(2) これを本件についてみると,Aは,妻である抗告人X2が婚姻中に懐胎し
た子であるから,夫である抗告人X1が特例法3条1項の規定に基づき性別の取扱
いの変更の審判を受けた者であるとしても,民法772条の規定により,抗告人X
1の子と推定され,また,Aが実質的に同条の推定を受けない事情,すなわち夫婦
の実態が失われていたことが明らかなことその他の事情もうかがわれない。
したがって,Aについて民法772条の規定に従い嫡出子としての戸籍の届出をすること
は認められるべきであり,Aが同条による嫡出の推定を受けないことを理由とする
本件戸籍記載は法律上許されないものであって戸籍の訂正を許可すべきである。
5 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れな
い。そして,前記説示によれば,抗告人らの本件戸籍記載の訂正の許可申立ては理- 5 -
由があるから,これを却下した原々審判を取り消し,同申立てを認容することとす
る。
よって,裁判官岡部喜代子,同大谷剛彦の各反対意見があるほか,裁判官全員一
致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官寺田逸郎,同木内道祥の各補足
意見がある。
裁判官寺田逸郎の補足意見は,次のとおりである。
1 現行の民法では,「夫婦」を成り立たせる婚姻は,単なる男女カップルの公
認に止まらず,夫婦間に生まれた子をその嫡出子とする仕組みと強く結び付いてい
るのであって,その存在を通じて次の世代への承継を予定した家族関係を作ろうと
する趣旨を中心に据えた制度であると解される。嫡出子,なかでも嫡出否認を含め
た意味での嫡出推定の仕組みこそが婚姻制度を支える柱となっており,婚姻夫婦の
関係を基礎とする家族関係の形成・継承に実質的な配慮をしていると考えられるの
である(注1)。戸籍上女性とされていた性同一性障害者の性別を男性に変更する
ことを認める特例法が,婚姻し,夫となることを認める限りでの適用に限定せず,
民法の適用全般について男性となったものとみなすとして(4条),嫡出推定に関
する規定を含めた嫡出子の規定の適用をあえて排除していないのも,このように婚
姻と強く結び付く嫡出子の仕組みの存在をもふまえてのことであると解される。
特例法3条の規定により,戸籍上女性とされていた性同一性障害者が性別を男性
に変更することが認められ,同法4条の規定により夫となる資格を得た場合におい
ても,その夫婦にとって,夫の直接の血縁関係により妻との間で嫡出子をもうけ,
その存在を通じて次の世代への承継を予定した家族関係を作ることはおよそ望むべ
くもない。そのような立場にある者にもあえて夫としての婚姻を認めるということ- 6 -
は,そのままでは上記で示した前提をおよそ欠いた夫婦関係を認めることにほかな
らない。そのような意義づけを避けるとするなら(注2),当該夫婦が,血縁関係
とは切り離された形で嫡出子をもうけ,家族関係を形成することを封ずることはし
ないこととしたと考えるほかはない。つまり,「血縁関係による子をもうけ得ない
一定の範疇の男女に特例を設けてまで婚姻を認めた以上は,血縁関係がないことを
理由に嫡出子を持つ可能性を排除するようなことはしない」と解することが相当で
ある(注3)。そして,民法が,嫡出推定の仕組みをもって,血縁的要素を後退さ
せ,夫の意思を前面に立てて父子関係,嫡出子関係を定めることとし,これを一般
の夫に適用してきたからには,性別を男性に変更し,夫となった者についても,特
別視せず,同等の位置づけがされるよう上記の配慮をしつつその適用を認めること
こそ立法の趣旨に沿うものであると考えられるのである(注4)。
(注1)~(注4)・・・・・(略)・・・
裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。
1 私は,多数意見に賛同するものであるが,以下のとおり私の意見を補足して
述べる。
2 民法772条の推定の趣旨
3 推定の及ばない嫡出子
4 子の利益の観点から
5 特例法と民法の関係
(・・・・(略)・・・)
裁判官岡部喜代子の反対意見は,次のとおりである。
私は多数意見とその結論を異にするので,以下理由を述べる。
抗告人X1は,特例法3条1項による審判を受けた者として同法4条1項により
男性とみなされ,その結果法令の適用について男性として取り扱われる。したがっ- 14 -
て,抗告人X1は民法の規定に従って婚姻することができ,また父となることがで
きる。しかし,現実に親子関係を結ぶことができるかどうかは親子関係成立に関す
る要件を満たすか否かによって決定されるべき事柄である。特例法は親子関係の成
否に関して何ら触れるところがないのであって,これは親子関係の成否については
それに関する法令の定めるところによるとの趣旨であると解するほかはない。本件
において妻の産んだ子の父が妻の夫であるか否かは嫡出親子関係の成立要件を充足
するか否かによるのであって,子を儲ける可能性のない婚姻を認めたことによって
当然に嫡出親子関係が成立するというものではない。
嫡出子とは,本来夫婦間の婚姻において性交渉が存在し,妻が夫によって懐胎し
た結果生まれた子であるところ,当該子が夫によって懐胎されたか否かが明確では
ないので,民法は772条1項,2項の二重の推定によって夫の子であることを強
力に推定しているのである。ところが,特例法3条1項の規定に基づき男性への性
別の取扱いの変更の審判を受けた者は,従前の女性としての生殖腺は永続的に欠い
ているが(同項4号),生物学上は女性であることが明らかである者であり,性別
の変更が認められても,変更後の男性としての生殖機能を現在の医学では持ち得な
い以上,夫として妻を自然生殖で懐胎させることはあり得ないのである。その意味
で特例法は同法に基づき男性への性別変更審判を受けた者と女性との婚姻において
遺伝上の実子を持つことを予定していないといえる。抗告人らは,特例法4条1項
の「みなす」との文言により変更後の性別である男性としての生殖能力のないこと
の証明を禁じていると主張するが,特例法自身が生物学的には女性であることを要
件としているのであるから,証明の問題ではなく特例法の適用を受けたこと自体に
よって男性としての生殖能力のないことが明らかなのである。
- 15 -
・・・・・・・(略)・・・
以上のとおり,実体法上抗告人X1はAの父ではないところ,同抗告人が特例法
3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者であること
が戸籍に記載されている本件においては,形式的審査権の下においても戸籍事務管
掌者のした本件戸籍記載は違法とはいえない。
なお,本反対意見は,非配偶者間人工授精によって生まれた子,配偶者の生殖不
能にもかかわらず妻の産んだ子,母の夫との間に血液型等遺伝上明らかな背馳のあ
る子などにおける嫡出推定の可否については何ら触れるものではないことを念のた
め付言する。
裁判官大谷剛彦の反対意見は,次のとおりである。
・・・・・(略)・・・
3 生物学的に性別が明らかである者が,自らの意思で性別取扱いの変更を受
けたとしても,なお変更後の性別で自らの子を持ちたいという願望をも持つことは
理解できる。夫婦間で遺伝的な子をもうけることができないとしても,生殖補助医
療の一環として,夫婦以外の者の精子又は卵子を用いて,夫婦の一方の遺伝的な子
を生じさせることが可能であり,実際にも相当広く行われていることは公知といえ
る。特例法による夫婦間においても,夫婦の一方の遺伝的な子を生じさせることは
(そのことが想定されていたかどうかはともかく)この生殖補助医療として可能で
ある。このうち,男性であった者が性別変更の取扱いを受けて女性となり妻となっ- 19 -
た場合は,夫に生殖能力があるにしても,妻の懐胎,分娩はあり得ず,民法772
条の解釈及び代理懐胎に関する最高裁判例からすると,やはり法律上の母子関係を
成立させることはできないと解される。性別取扱いの変更を受けた者同士の婚姻に
おいても,同様である。一方,女性であった者が性別取扱いの変更を受けて男性と
なり夫となった場合は,生殖能力のある妻が夫以外の精子提供によって懐胎,分娩
することにより,母子関係の成立はもちろんのこと,民法772条を文言どおりに
適用すれば,法律上の父子関係(嫡出子関係)もその推定により成立すると解する
ことが可能となる。
この場合,生殖補助医療による法律上の親子関係の形成の問題にもなるところ,
この問題は,本来的には,生命倫理や子の福祉を含む多角的な検討の上,親子関係
を認めるか否か,認めるとした場合の要件や効果,その際の制度整備等について立
法によって解決されるべきものであることは,判例においてつとに指摘されてきた
ところであるが,なお,立法に向けた議論は十分に煮詰まっていないように思われ
る。
4 このような状況の下,本件申立ては,戸籍法113条に基づき区長の前記多
数意見2(3)の取扱いが法律上許されないものか否かが問われているところ,これ
を許されないとする場合,現在の戸籍法制を前提とすると,子が登載される戸籍の
子の欄に「父」として記載される者(実父,同法13条4号)について,同じ戸籍
の父とされる者の欄には,その当否はともかくとして上記1のとおり特例法による
者であることが記載されていることになり,一見するところ特例法の制度設計から
は整合しない記載となるのであって,身分関係を公証する戸籍事務を管掌する者と
しては,そのような取扱いを容認し難く,また黙認し難いことも理解できるところ- 20 -
である。
5 なお,民法772条以下の父性の推定規定は,父子の血縁関係を客観的又は
外形的に判定することが困難であることが前提にあって,上記2のような趣旨で設
けられたものであるが,遺伝的な親子の判定手段に著しい進歩が見られ,また家族
観にも変化が見られる中で,嫡出推定の規定と推定の及ばない嫡出子に関する解釈
とその適用について,改めて本質的な議論が提起されてきている。
特例法は,正に民法の特例を定めるが,その適用は特例法の制度趣旨や制度設
計を踏まえた民法の解釈に委ねられているところ,上記のような制度設計の理解か
らすると,特例法による婚姻関係において,性別取扱いの変更を受けた夫の妻が夫
以外の精子提供型の生殖補助医療により懐胎,出産した子について,法律上の父子
関係を裁判上認めることは,現在の民法の上記解釈枠組みを一歩踏み出すことにな
り,また,本来的には立法により解決されるべき生殖補助医療による子とその父の
法律上の親子関係の形成の問題に,その手当や制度整備もないまま踏み込むことに
なると思われる。多数意見の見解は,特例法の制度趣旨を推し進め,性別の取扱い
の変更を受けた者の願望に応え得るものとして理解できるところであるが,この特
例法の制度設計の下で,子に法律上の実親子関係を認めることにつながることが懸
念され,私としては,現段階においてこのような解釈をとることになお躊躇を覚え
るところである。民法772条をめぐるさらなる議論と,また生殖補助医療につい
ての法整備の進展に期待したい。
(裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 岡部喜代子 裁判官 寺田逸郎 裁判官
大橋正春 裁判官 木内道祥)
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