その昔、第二次世界大戦の敗戦により、砂糖の生産地である台湾、沖縄を失い、日本の砂糖産業は基盤を失った。戦後すぐは、原料糖の配給が行われたのだが、その量はわずかで、国民は甘いものに飢え、サッカリンやズルチンといった人工甘味料がもてはやされた。国は1946(昭和21)年にはサッカリンやズルチンの使用を公認し、1947年には、専売制にして国庫に貢献させた。戦後から数年間は、人工甘味料の消費が砂糖を上回っていた時代だった。
ところが1960年代に入ると食品添加物の毒性、特に発がん性が問題になった。その頃使われていた人工甘味料は、サッカリン、ズルチン、サイクラミン酸Na(チクロ)だ。まずズルチンが発ガン性、肝毒性から1968(昭和43)年に全面禁止。1970年にはチクロは全面禁止。サッカリンは1973年に使用品目、量に厳しい制限がつけられた。
チクロの使用禁止の主要な根拠になったのが、FDA(アメリカ食品医薬品局)が発表した、ラットに膀胱がんを引き起こすというデータである。日本でも、チクロの毒性に関して、1968(昭和43)年12月から研究が行われ、東京医科歯科大学は「流出胎児の培養細胞および成人リンパ球を材料とする試験管内実験において、染色体に以上をきたすことが認められた」ことを確認。厚生省(当時)はこの結果も含め、使用禁止を決めた。
サッカリンの発がん性については、イニシエーターとされているが、増殖作用(プロモーター)がないことから米国国立環境保健科学研究所( NIEHS )は、発癌物質リストから2000年に外して、現在は大量に使われている。英国では人工甘味料の約50%を占めている。
小さい頃、駄菓子屋で毒々しい色合いの菓子を買い食いすると、母親によく「サッカリンが入ってるよ! 食べちゃだめ」しかられた。人工甘味料、着色料、添加物を食べると体に悪いらしいぞという意識を刷り込まれた。また、当時、子供ながら公園のゴミ箱に捨てられたジュースの紙コップに、ミツバチがたかり始めたのを驚きの目で見たことを覚えている。それまで、チクロを使った異様に甘いジュースにはミツバチが群がることはなかったのだ。
ところがここに来て、人工甘味料サイクラミン酸Na(チクロ)のサル長期経口投与実験で発がん性が確認できなかったとの最終報告が、「TOXICOLOGICAL SCIENCES: 53, 33-39 (2000))」に発表された。
http://toxsci.oxfordjournals.org/cgi/content/abstract/53/1/33
チクロはヨーロッパでは大量に使われているのだが、チクロに対して一度凋落したイメージは抜きがたく、日本での復活は難しいだろう。
また、厚生労働省も面子があって、前に使用禁止にしたものを使用可にするのは簡単にはできない事情もありそうだ。社会・政治情勢で評価が変わるように、個人の事情でも変わる。糖尿病の人にとっては、発がん性の問題があっても、人工甘味料は食生活の質を向上させるのに必要だ。現在、多くの方は人工甘味料にダイエット効果を期待している。
また、製品の8割が砂糖という製菓業界においては砂糖の価格の高低は死活問題だ。砂糖が値上がりしたからといって、市場競争が激しいなかで自社だけ値上げすることはできない。新たに開発され食品添加物として認可を受けている人工甘味料もあるのだが、後味がさっぱりとしていて砂糖に味が近く甘味が砂糖の40倍くらいあるチクロの復活を待ち望んでいる人もいるようだ。
もし、チクロが復活したら、そして脂質フリーのケーキがあれば、その甘さを心行くまで堪能し、脳内をβーエンドルフィンで満たしてみたい。
パフィー Puffy これが私の生きる道 with 奥田民生