赤、桃色、橙、あずき色、朱、紅。様々な赤が画面に踊る。赤が持つ華やかさ、 強い生命力やエネルギー、情熱的なイメージに裏づけされて女性の強さ、たくましさが描かれた映画だった。登場するのは、大昔に死んだはずなのにひょっこり戻ってきた母、二人の娘、孫娘、叔母、隣人の6人の女たち。スペインはラ・マンチャの女性たちは、どうしようもないドン・キホーテのような男たちを尻目に、ひたむきに、がむしゃらに一生懸命に生きていた。
圧倒的な母の強さ。娘が父親を殺してしまったときに娘のパウラに言い聞かせる。
「いい?殺したのは私よ。あなたは出かけていたの」
母娘三世代に渡る人生はかなりオーバーラップして、その試練と葛藤と驚きの果てに母の強さが浮き彫りにされている。男に傷つけられた女たち。それでもへこたれてず、男に媚びたりなんてしない。ただ、母親の前ではやっぱり娘に戻ってしまう。まるで、命がつながっていくがごとくに。
いつも思うのだけれど、紅をさす時の女性ってみな一様に初々しい表情をする。まっすぐに鏡を見つめてとても素敵だと思う。きつめのアイシャドウで心にしみるような笑顔のペネロペ・クルスを観て、そんなことを思った。
そして、この映画の題にもなっている「ボルベール」という歌曲。ペネロペが娘に「見ててごらん」と告げ即席バンドと共に颯爽とこの歌を披露する。想像を絶するほど最も美しく輝く瞬間だ。
たとえ忘却が全てを打ち砕き
幻想を葬り去ったとしても
慎ましい希望を抱く
それが私に残された心の宝
この映画を観て、万葉集の歌を思い出した。
「稲搗けば かかる吾が手を 今夜もか 殿の若子が 取りて嘆かむ」
この歌を詠った女性は身分の違う男と恋をしている。
苛酷な労働の毎日。わが身を美しく装うことなど考えられない日常。この歌の作者を娘のように感じてしまう。そのあかぎれた両手を包み込んでこれ以上痛くならないようにしてあげたいと思う。着飾った美しさではなく、本物の美しさを持った彼女に。こんなにもかけがえのない恋をしていた彼女に。