「感情論」とは、「理性や理屈ではなく、感情によってなされる意見・議論」を指す。「五輪危ないは感情論」は政府の言い草だ。「プロ野球だって全国から人が集まる。五輪と一体、何が違うのか」。
ひとつ、考えてほしい。「Go Toトラベル」が始まった去年7月、旅行に関連した新型コロナウイルスの感染者が増えたのは、その原因がうやむやにされたのだが、「Go Toトラベル」による人の流れの増大は無関係だったのだろうか。であるのなら、なぜ、経済活動が盛んになるであろう、この五輪のチャンスに「Go Toトラベル」を再開しないのだろうか。
五月の連休明けに感染者数が増大したのだが、これも人の流れとは無関係なのだろうか。緊急事態宣言が解除されると感染者数が次第に増大するのはなぜだろうか。
すべて、科学的なデータがあるにもかかわらず、それに目をつぶって「少しぐらい感染者が増えても仕方ない」と経済を優先させたことによる失策ではなかったのか。理性や理屈ではなく、感情によってなされる意見を感情論という。「少しぐらい感染者が増えても」は感情論そのものではないだろうか。
感情の赴くまま、国民がNoと言っているのではない。オリンピックを開催するのなら、安全を保障する科学的な根拠を示せと言っているのだ。何か起こった場合の「責任の所在」を明確にしろと言っているのだ。きちんと評価すること。それが知性の証だ。そして理性のなすすべだ。