政府の規制改革・民間開放推進室が、法務省に対し、商業・法人登記の行政書士等への開放へ積極的な再検討を行うよう要請している。
cf.
法務省の回答に対する再検討要請 41頁
曰く、「登記事項は法定されており、定款作成時のように絶対的記載事項、相対的記載事項、任意的記載事項があるものとは異なり、登記すべき事項のみ登記すればよいこととされている。当然、業務として行うからには専門的能力を有することが前提であり、行政書士等は定款作成・認証などに携わっていること等から法的知識及び専門的能力が十分備わっているものと考えられる。」というのが理由だそうだ。
私は、以前にも書いたことだが、能力担保措置さえ講じられているのであれば、認めるにやぶさかではない。しかし、相次ぐ商法改正に、司法書士界内部においてすら、「改正に付いていくのがたいへん。」との悲鳴ばかりの昨今である。また、法律の世界のスーパーマンである弁護士さんですら、「商法を多少なりともわかっているのは5%程度。残りの95%は、受験時代のレベルに止まっているか、それ以下。ほとんどはゼロに等しい。」と自嘲気味に語られるのが実態である。そういった中で、十分な能力担保措置も講じないままに、「定款作成・認証などに携わっていること等から法的知識及び専門的能力が十分備わっている」と主張されるのが果たして当を得ているのか疑問を禁じえない。
司法書士界においても業務の細分化、専門特化が著しく、自らの不得意分野に関しては他の同職を紹介し合うケースも増えている。「中途半端な仕事をして、依頼者に迷惑をかけるわけにはいかないから。」である。
登記が簡単そうに見えるとしたら、それは自らの業務分野で「プロ」としての仕事をしていないからであろう。「プロ」としての誇りを持ち、また、自らの業務分野で「怖さ」を経験していれば、おいそれと他の士業の分野へと手を伸ばそうなどとは考えないものである。陥穽はいたるところに転がっているのだから。職域のボーダーレス化は国民の真の利益にはならない。業界エゴとしてではなく、士業各々が「プロ」としての仕事をすることが国民の真の利益につながると考えるべきではないか。