平成という時代を改めて振り返ってみましょう:3
<「いざなぎ越え」は努力の成果の見えた時期>
2002年から始まった、いわゆる「いざなぎ越え」という景気上昇期は、企業にとっても、家計にとっても「ほとんど好況感など無い」と言われた景気上昇です。
結果的に「いざなぎ景気」を越える長さになったので、この名前が付いたのですが、「景気下降ではないが・・・」というのが実感というところでしょう。
しかしこの時期は、日本の企業労使が本気で努力し、何とか円高の克服に成功し始めたという、ある意味では貴重な経験の時期だったようにも思われます。
ということで、まず有効求人倍率の動きを図にしてみました。
厚労省:職安業務統計
平成の期間を一覧できるようにしましたが、見て頂きたいのは平成14年から20年(20年はリーマンショックの影響が多少入ります)、つまり好況感なき上昇と言われた「いざなぎ越え」の時期です。
この間、企業の求人意欲は明らかに高まり、景気回復への期待をうかがわせます。
次に円レートを見てみましょう。
プラザ合意で$1=¥240から120円という2倍の円高になりましたが、その後は一進一退、すみませんこちらの図は西暦で「いざなぎ越え」の2005~2007年あたりは110円から120円がらみになり、企業はこれで景気回復につながると自信を取り戻した時期でした。
当時、わたくしも大学などの就職関連の講座などに出講、「いよいよ就職氷河期も終わるようでよかったですね」などと話したことを覚えています。
当時アメリカの住宅ブームをベースにし、金融工学を駆使した長期好況が2008年リーマンショックで終わりを告げると予想した人はほとんどいなかったでしょう。
日本企業も、110~120円という円レートでは収益は思うに任せませんが、経営効率化、コストカットで、もうひと頑張りすれば、超円高を何とか乗り切り、明日はよくなるという気概と期待があったといえるでしょう。
企業の経常利益率を見てみますと「いざなぎ越え」の平成14年度から19年度までは現状の5~6%にはとても及びませんが、着実に上昇基調を維持しています。
財務省:法人企業統計年報
まさにリーマンショックなかりせば、日本経済は自力で超円高を克服し、安定成長への道を着実に歩み、企業は自信を回復し始めていたという状態だったのでしょう。
さらに、非正規従業員比率や、企業の人件費に占める教育訓練費の比率などについても、「いざなぎ越え」の期間は、緩やかですが回復(復元)の傾向が見られます。
そうした意味で、「あんなのは景気回復でも何でもない」などと言われた「いざなぎ越え」の期間は、日本企業が、それまでの日本的経営の延長線の意識を持ちながら、未曽有の円高不況から、自力経済回復への自信を持ち始めた時期といえるのではないでしょうか。
しかし残念ながら、日本経済は、アメリカのサブプライムローンバブルの崩壊(リーマンショック)で、新たな苦難と変質を迫られることになってしまいました。
その惨状は次回以降で見ていきたいと思います。
<「いざなぎ越え」は努力の成果の見えた時期>
2002年から始まった、いわゆる「いざなぎ越え」という景気上昇期は、企業にとっても、家計にとっても「ほとんど好況感など無い」と言われた景気上昇です。
結果的に「いざなぎ景気」を越える長さになったので、この名前が付いたのですが、「景気下降ではないが・・・」というのが実感というところでしょう。
しかしこの時期は、日本の企業労使が本気で努力し、何とか円高の克服に成功し始めたという、ある意味では貴重な経験の時期だったようにも思われます。
ということで、まず有効求人倍率の動きを図にしてみました。
厚労省:職安業務統計
平成の期間を一覧できるようにしましたが、見て頂きたいのは平成14年から20年(20年はリーマンショックの影響が多少入ります)、つまり好況感なき上昇と言われた「いざなぎ越え」の時期です。
この間、企業の求人意欲は明らかに高まり、景気回復への期待をうかがわせます。
次に円レートを見てみましょう。
プラザ合意で$1=¥240から120円という2倍の円高になりましたが、その後は一進一退、すみませんこちらの図は西暦で「いざなぎ越え」の2005~2007年あたりは110円から120円がらみになり、企業はこれで景気回復につながると自信を取り戻した時期でした。
当時、わたくしも大学などの就職関連の講座などに出講、「いよいよ就職氷河期も終わるようでよかったですね」などと話したことを覚えています。
当時アメリカの住宅ブームをベースにし、金融工学を駆使した長期好況が2008年リーマンショックで終わりを告げると予想した人はほとんどいなかったでしょう。
日本企業も、110~120円という円レートでは収益は思うに任せませんが、経営効率化、コストカットで、もうひと頑張りすれば、超円高を何とか乗り切り、明日はよくなるという気概と期待があったといえるでしょう。
企業の経常利益率を見てみますと「いざなぎ越え」の平成14年度から19年度までは現状の5~6%にはとても及びませんが、着実に上昇基調を維持しています。
財務省:法人企業統計年報
まさにリーマンショックなかりせば、日本経済は自力で超円高を克服し、安定成長への道を着実に歩み、企業は自信を回復し始めていたという状態だったのでしょう。
さらに、非正規従業員比率や、企業の人件費に占める教育訓練費の比率などについても、「いざなぎ越え」の期間は、緩やかですが回復(復元)の傾向が見られます。
そうした意味で、「あんなのは景気回復でも何でもない」などと言われた「いざなぎ越え」の期間は、日本企業が、それまでの日本的経営の延長線の意識を持ちながら、未曽有の円高不況から、自力経済回復への自信を持ち始めた時期といえるのではないでしょうか。
しかし残念ながら、日本経済は、アメリカのサブプライムローンバブルの崩壊(リーマンショック)で、新たな苦難と変質を迫られることになってしまいました。
その惨状は次回以降で見ていきたいと思います。