今日は丑の日、手話サークルあすなろ会員のTさんがうなぎの蒲焼を届けてくだり、夕食で皆で頂きました。孫は隣の茶碗からそっと一切れ・・・とても美味しかったです。
「今日は暑うなりそうやなあ」「碑巡り大変やね」
妻と二人で早めの昼ご飯を終えて、広通研の「平和と手話通訳を考えるつどい」参加のために平和公園へ。
ちょうど八月六日を前にして、テント張りなどの準備が進められてました。
今日は大久野島毒ガス歴史研究所の山内静代さん 「地図から消された島」と題してのお話でした。
大久野島には戦争に加担した歴史が3度はあるそうです。
⑴ 日露戦争時の砲台
⑵ 1929年からの毒ガス製造
そして僕も知らなかったのですが、
⑶ 朝鮮戦争時のアメリカ軍の砲弾庫として5年間の接収。
資料館は地域の人々の強い願いを元に、1988年に開設されたのだそうです。
山内さんは自らが訪れた中国、アウシュビッツ、そしてハワイのアリゾナ記念館の話も加えながら、詳しく大久野島の歴史を話され、被害・加害の両面から見ていかなければ本当の平和は見えてこない・・・と語られました。