降って来るもの

写真と散文とぽえむ

遣心使.Ⅶ

2020-02-02 20:51:50 | 詩19

                                  遣心使.Ⅶ-豊穣期-

 

面白いように

コトバ達は僕に降って来るけど

良いのだろうか?

 

こんなにも書けて

こんなにも自然に

こんなにも軽やかに

一滴の辛酸の汗も流さず

苦渋のひと皺も寄せず

苦悶の吐息も吐かず

 

書いたことに

滋養分が含まれているのか

何かに役立つ元素はあるのか

思慮不明だが

きっと

此のところのTOKIの間に間は

千載一遇の

豊穣期に違いないと・・

 

誰でもに一生に一度

大当たりのように生じる

幸福期に違いないと・・

得手勝手に解釈している

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

396日

2020-02-02 06:17:24 | 徒然

           396日

 

 2018年の師走も押し迫った12月27日。強烈な恐怖のインパクトで忘れもしないその日に、生まれて初めての激痛を味わったのだ。当たり前の様に使っていた体の右膝に起こった「半月板損傷」という異常。

 それからまるまる365日。臆病と紙一重の自重を余儀なくされて過ごした日々。その間に天皇は新しく即位し、改元され、世の中は平成から令和になり、僕は元には戻れない”古希”という一つの区切りを通過した。

 年齢の先に待ち構えているだろう”老い”に因る様様な難渋の、当に「老齢の門」の扉を開けて足を踏み入れたのだ。

 半年ばかり我慢の療養の、或いは静養とも言えそうな月日を経過して、痛覚を弄る回数が次第に減少していっても、再び!!の慄きが何時でも神経の先にぶら下がっていて、膝に負担の彼是は極力控えていたのだが、年も改まった令和2年の正月の半ば頃からようように少しずつ歩き始めた。

 もちろん痛めた膝の具合と折り合いをつけ相談しながらだが、徐々に歩数計にカウントされる数字を増やしていった。元気だったころのように腰に歩数計を取り付けると、健常だった日日を思い出したかのように日毎に歩数は増えてゆくのだ。

 そうして今日、如月の元日、遂に歩数計のカウントは大台を突破して”13657”まで伸びた。少し疲れは居残っているけれど、それは多分昔のように歩き疲れによるもので痛みの前兆ではないと思えるのだが、今日明日は歩数を減らし慎重の上にも慎重に”経過観察”を実施しようと思う。

 けれど取り敢えず、元の普通に限りなく近づいて、早々に何時もの明け暮れに復帰できそうで、冬の寒さからほんの少し解放される「立春」を真近に、喜ばしい風情に包まれた、晴れ時々曇りの2月1日、土曜日の感慨だった。

          R2 02/02 06:54 まんぼ

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

遣心使.Ⅵ

2020-02-02 04:08:22 | 詩19

      遣心使.Ⅵ-昔日-

 

思いの丈を書いたら

 余韻のように

海馬に残る懐かしい漣のOTOや

恋や愛に身を揉む切なさの片割れが

空になった胸の裡に

 附録のように甦ってくる

-僕が受け持った沢山の時間が

  取り返せない昔のものになった

 

溜まった想いを吐き出せば

 小吉の御利益のように

嬉しい気配を纏って

里帰りする温もりが有って

空っぽの脳裏を潤してくれる

-随分と遠くまで来てしまったので

  もう一歩も引き返せないけど

 

書くことで

隅隅の雑念を払拭すれば

 僕が居た昔日のあらゆる場所から

此処から先へと誘ってくれる

一筋の後光が射し込むのだ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする