開闢
詩法は無手勝流だから
詩想は自由奔放だから
詩形は即意妙答だから
一篇は
それぞれの有り方で起立するもの
一篇は
人智を超えて耕作し
思惑を易々と脱殻し
思惟を結んでゆくから
periodの後で
ときどき自分でも
隔たりを覚えることも有る
けれど
万人に開闢されるとは
その様に在ることに違いないと・・
それで、ときどき
平凡の中では生き難くなり
ときどき、たまに
普通の中では息苦しくなる
開闢
詩法は無手勝流だから
詩想は自由奔放だから
詩形は即意妙答だから
一篇は
それぞれの有り方で起立するもの
一篇は
人智を超えて耕作し
思惑を易々と脱殻し
思惟を結んでゆくから
periodの後で
ときどき自分でも
隔たりを覚えることも有る
けれど
万人に開闢されるとは
その様に在ることに違いないと・・
それで、ときどき
平凡の中では生き難くなり
ときどき、たまに
普通の中では息苦しくなる
贅沢な思惑
幾百幾千の分岐点で
行先の違う選択をしていれば
きっと
その種類の量と数だけの来し方が綴られ
幾千幾万の違った風景を見ていたに違いない
どんな展開になっていたのか?
如何なる哀楽を味わっていたのか?
今という到達点に
些かの不満も悔いもないけれど
他のそれぞれを辿って
幾通りもの別種の生き様の絵巻物を
見て見たかった気がしないでもない
とても
贅沢な思惑だけれど