リーダーにとって、本当に難しい時代になっています。
急激な環境変化、メンバーの多様性、価値観の多様化などなど、従来のリーダーシップ論が通用しない時代。
コッター教授やドラッカー博士の理論も、もはやそのままでは使えなくなっているように思えます。
ましてや、今回の大震災直後のリーダーの言動、行動を見ていると、本当に疑問符のつくことがたくさんあります。
一国の総理大臣、電力会社の社長、経済団体のトップ、地方公共団体の首長、被災していない会社の社長・・・。
それぞれの人がマスコミの取材の前に立たされました。
そこでも、「この人についていきたい」と思える人、「絶対にこの人の言うことを聞きたくない」と感じさせる人・・・さまざまです。
ドラッカー教授のリーダーシップの定義の一つである「リーダーとはフォロワー(ついてくる人)のいる人」からだけしても、本当のリーダーは少ないと考えています。
自分自身、ある組織のリーダーを初めて任せられた時、本当に悩みました。
就任当初は、忙しさと慣れない業務のため、流されていく感じでしたが、やっとマネジメント業務に慣れたころ、この悩みが始まりました。
夜中に何回も目がさめる、眠れない、夢の中に数字が舞う、体調が少しおかしい・・・。
ストレス、プレッシャー、孤独感などがドロドロと渦巻いていました。
アタマの中には、ムリ・ムダ・ムラを省き、効率的・効果的に仕事を進めていく、究極の能率を実現する、メンバーを引っ張り、一つの方向に向けて動かしていく・・・といった使命感と義務感でいっぱいでした。
どこかの雑誌で読んだカリスマリーダー=理想のリーダーと考えていたのかもしれません。
当然のことながら、そのようなリーダーについてきてくれる人はいません。
想っているけれど人が動かない、考えているけれ行動レベルにならない、部下からの冷たい視線・・・。
眠れない夜が続きました。
自分は、リーダーには向いていないのではないか?専門職として元に戻った方がよいのでは・・・等々、悩みは続きます。
しかも、その状態は数年続きます。
そんなある日、私の大学時代の先輩に言われました。「一度、自分を捨てて見ろよ」。
「リーダーは、自分を守ろうとしたり、儲けようとしたり、楽をしようとしたりすると、それは必ずメンバーに伝わる。そんなリーダーには、誰もついてこない。」
よく考えてみると、自分自身の保身を考え、顧客第一、従業員第一と言いながらも、心の底では自分第一を価値としていたのです。
「よし、まずは自分を捨ててみよう」と決意。具体的なアクションとして次の3つを掲げました。
指針1 人の嫌がる仕事を率先してやる!
指針2 現在のポジションにいることによる利益や特権、役得を一切享受しない!
指針3 勉強、読書、研究、自己啓発を積み重ね専門性を増し、世のため人のために役立つ!
結果、浮かび上がりました。
自分自身、「無」にはなれませんでしたが、何かが欲しいといった物欲や誰かが悪いといった他責の感情が急速に減少してきたのです。
組織は動きはじめ、人は期待の方向に動きはじめ、成果も上がりはじめたのです。
深い深海から光のある海面近くまで浮上し始めたのです。
「無」にはなれませんが、「自分自身を一度捨てる」ことにより、周囲は変わってくると思います。
保身やエゴイズムは、自分が不幸になるだけでなく周囲を不幸にします。
自分ひとりが良い思いをするということはないと思います。
今回の様々な分野のリーダーたちの言動、行動を見るにつけ、さらに研鑽を続け、未熟な自分を磨き続けていきたいと強く想う昨今です。