下は面白い記事です。
フリーのライター、政界の裏をよく知るライターでしか書けないものでしょうね。
小池知事が豊洲騒動で見せた
巧みな情報操作術とは?
DIAMOND online 2016年9月23日 配信
窪田順生 [ノンフィクションライター]
【第1回】
豊洲新市場を巡って、地下にある“空間”の存在が大騒ぎになっている。そもそも、この“空間”は技術的に必要なもの。それがなぜ、こんな異様で不可思議なものとして報道されるようになったのか?そこには小池百合子都知事の巧みな情報操作術がある。
■「地下ピット」か「地下空間」か?
豊洲新市場を巡る表現の食い違い
豊洲新市場の「盛り土」報道が過熱していくなかで、日本経済新聞の17日付朝刊でなんとも奇妙な記事が出ていた。
「一面に水、漂う臭気 豊洲地下空洞公開」という見出しのその記事では、「地下空洞がつくられた経緯が不透明」とし、青果棟などの地下が報道陣に公開されたことを受け、そこへ足を踏み入れた記者が以下のようにリポートしている。
《階段を下りていくと泥の臭いがしてきた。「地下ピットに入る場合は原則2名以上とする」。酸欠や閉じ込めへの注意を促す触れ書きを横目にドアをくぐると、青果棟の地下に広大な暗闇が目の前に広がった》
記者の視界に入った注意書きにあるように、施設管理者である東京都は、青果棟の下にあるものを「地下ピット」だと捉えている。「地下ピット」とは、建物の配管が敷設されておりメンテナンスをする空間だ。豊洲新市場のような巨大施設から一般のマンションまでつくられているのが普通で、ない方がおかしい。
汚染対策の工法を検討する2008年12月の技術会議で東京都側が、「万が一、地下水から汚染物質が検出された場合に浄化が可能となるよう、建物下に作業空間を確保する」と説明していたことからも分かるように、これは不測の事態に備えて重機を入れることも想定した「天井の高い地下ピット」である。
事実、この報道陣への公開と時を同じくして、東京都中央卸売市場は、「豊洲市場地下ピット内の水質調査の結果について」というプレスリリースを出している。都としては、あれは「地下ピット」以外の何物でもないのだ。
だが、前述の日経記事で「地下ピット」という響きが登場するのは、この「触れ書き」の描写のみ。見出しのような「地下空洞」や「地下空間」という言葉が用いられているのだ。ちなみに、同じ現象を取材した日刊工業新聞では「都中央卸売市場、豊洲新市場の地下ピット公開」(9月19日)という見出しとともに、「地下ピット」という表現を記事中で用いている。
日経記者が、「地下ピット」という言葉の意味を知らないわけがない。なぜこの記者は、都の説明を無視したのか。これまでの経緯を振り返れば、論理的にも「地下ピット」は妥当な表現。それをあえて避け、なぜ「地下空間」というミステリアスな響きを用いたのか。
なんて言うと、日経の報道姿勢に難癖をつけているように思われるかもしれないが、そういう意図はない。なぜなら、このような傾向は日経だけではなく、ほぼすべてのマスコミで確認されているからだ。
■小池知事が作り出した言葉に
マスコミが踊らされる
たとえば、同日付の産経新聞では、「豊洲地下空洞初公開 水たまり15センチ 異臭漂う暗闇」と報道しているが、そこには、「地下ピット」という単語すら登場しない。「ズームイン!!サタデー」(日本テレビ)でも『豊洲市場「地下空間」を公開』。週明け19日の「ワイド!スクランブル」(テレビ朝日)では、《豊洲”盛り土なし”地下空洞公開 すべてに謎の水》。「ひるおび!」(TBS)でも、《豊洲新市場 謎の”地下空間”を公開 一面に広がる水の正体は!?》。
つまり、日刊工業新聞の報道姿勢がマイノリティなのであって、日経をはじめとする大手マスコミでは、「地下ピット」という都側の説明は聞き流し、「地下空間」、もしくは「地下空洞」と報じるのが「常識」というか、一種の「報道コード」になっているのだ。
では、なぜこうなってしまったのかということをたどっていくと、ある人物につきあたる。その人物に発言によって、豊洲市場の下に作られたものは「地下ピット」ではなく、「謎の地下空間」であるという、今の流れが生み出されてしまったのだ。
もうお分かりだろう、小池百合子都知事だ。
いま、マスコミを賑わす「盛り土」報道の発端は、今月10日におこなった小池知事の「緊急記者会見」にある。そこで小池知事は以下のような「驚愕の事実」をマスコミに明らかにした。
「青果棟、水産棟などにおきまして、実はこの4.5メートルの盛り土が行われていなかったのではないか、そして、それは一体どうなっているのか、といったような疑問が出てきたわけでございます。4.5メートル分抜けているではないかと。結局、空間になっている」
ここで初めて、「空間」という言葉が使われたのだ。鳥のヒナが生まれた直後に見たオモチャを親だと思い込む「刷り込み」という現象と同じく、記者というのも「初めて明かされた事実」に引きずられる。
「都政の闇」に勇ましく切り込んだ改革派知事が「空間」と断言すれば、それはもう「空間」なのだ。都職員がいくら「いや、あれは地下ピットなんですけど」と訴えても、マスコミの耳には「詭弁」にしか聞こえない。マスコミが、触れ書きや、プレスリリースの「地下ピット」という言葉ををことごとく黙殺したのが、その証である。
そう聞くと、この筆者は小池知事が「空間」という言葉を用いたことで、この問題をミスリードさせてしまったと批判をしているのではないかと思うかもしれないが、まったく逆で、むしろこれまでの都知事がなし得なかったことが、この人ならばできるかもしれない、と非常に大きな期待を寄せている。
■「ボヤを大火事のように騒いだ」
小池知事は無知なのか?
たしかに、橋下徹・前大阪市長がTwitterで《安全性に問題がなく、建設工事に不正がなければ、ここまで豊洲の風評被害を拡大した小池さんの責任問題ひいては進退問題に発展するだろう》と指摘しているように、小池知事にやり過ぎな側面があるのは事実だ。
実は、マスコミが騒ぐ「盛り土をしてないのが不安だ」というのは、まったく逆だ。汚染土壌の上に土を敷き詰めて、杭やらを打ち込めば建物にダイレクトに汚染物質が上がってくる。不測の事態に備えて、「地下ピット」という「空間」があった方が、実際には遥かに安全なのだ。今、共産党のみなさんがやっている水質云々と「地下ピット」は、まったく別の問題なのである。
この「盛り土」問題の本質は、「地下ピット」という新市場に不可欠な設備を、しっかりと議会や都庁内に周知徹底させ、都民に正しく情報公開できなかったという都庁職員の姿勢にある。そのような意味では、「空間」などという物議を醸し出す表現で、「ボヤをあたかも大火事のように大騒ぎした」という知事への批判は正しい。
が、もしもこれが「わざと」だったとしたら――。
批判をする方たちのなかには、小池知事が建造物への知識不足から「地下ピット」というものを理解できず、「空間」だと大騒ぎをした、という見立てをする人も多い。もちろん、そういうこともないとは言い切れないのだが、筆者はまったく別の可能性を考えている。
なにしろ知事就任後、初めて開催をする「緊急記者会見」だ。役人から徹底的に情報を吸い上げたはずだ。当然、小池知事の「この空間はなに?」という問いに対して、「地下ピットです」と答えた者もいたはずだ。官僚のレクの場面などを見た人はわかると思うが、彼らは常に分厚いファイルを持ち歩き、あらゆる質問に回答できるようにしている。他部署の人間は知らなくとも、担当部署ならばあれが「地下ピット」だというのは脊髄反射的に回答できたはずだ。
しかし、小池知事の緊急記者会見では、「地下ピット」という言葉はまったく出ない。説明は受けたはずなのに、会見では発しなかった。つまり、意図的に「地下ピット」というカードを伏せたのである。
■豊洲問題を巨大化させることで
小池知事にどんなメリットがあるのか?
想像してほしい。もし10日の緊急記者会見で、小池知事がマスコミの前でこのような説明をしたらどういう報道になっただろうか。
「通常、建物の下には地下ピットという配管のメンテナンスを行うスペースがあります。当然、青果棟、水産棟などにもございまして、周囲の4.5メートルの盛り土の分、地下ピットとなっていたことが明らかになりました」
当然、「おいおい、汚染物質は大丈夫なのか」という不安はよぎるが、この前提なら、マスコミは「地下ピット」とは何かという説明から、その役割、そして多くの「地下ピット」では雨水や結露で水たまりができやすいという論調へと流れていく。少なくとも、今のような「謎の地下空洞、その目的や如何に!」みたいな、川口浩探検隊シリーズみたいなノリになっていないことだけは間違いない。
つまり、小池知事はリスクマネジメント的には「定石」ともいうべき対応をあえてせず、マスコミがどよめき立ち、連日のように追いかけるような「ネタ」を提供したのだ。
いや、待て待て。知事が意図的に事態をややこしくするようなことを言うわけがないだろ。東京都の失態は、トップの責任だ。不祥事をでかくしたら、自分の首を絞めるだけではないか。
そんな反論が聞こえてきそうだが、実はこの不祥事を大きくすることで、小池知事には何者にも代えがたいメリットを得ることができる。それは、「なんだかよくわからないが、豊洲新市場にはとんでもないことが起きている」という世論の形成だ。
小池知事が「築地移転延期」の方針を固めた時、多くの人は「悪手」だと批判した。維持費は1日700万。業者のみなさんも11月の引っ越しに向けて、着々と準備をしている。「改革」にしては都民の流す血が多すぎる。事実、橋下前大阪市長のような自治体運営の達人みたいな人ですら、「こりゃ、まずいな。改革知事をアピールするためだろうが、政治戦略・戦術としては失敗するだろう」(8月30日)という感想をもらした。
この劣勢をガラッとひっくり返したのが、あの「緊急記者会見」だ。
小池知事は、「地下ピット」をあえて「空間」という不可解な表現を用いて説明することで、マスコミに対して、「豊洲新市場で我々の想像を超えた異変が起きている」という印象を与えようとしたのではないか。
そんな馬鹿なと思うかもしれないが、前述したように小池知事の発言に反応したマスコミ報道によって、「不正を徹底追及せよ」という世論ができあがっているのは、紛れもない事実だ。
■自民党の広報部長も歴任!
メディア操縦はお手の物
たまたまだよ、と言われる方もおられるだろうが、これは我々のような報道対策を仕事とする者の間では「印象操作」と呼ばれる、わりとベーシックな手法なのだ。
会見やインタビューで、読者や視聴者にわかりづらい専門的な言葉を、あえて受け手の想像力をかきたてるようなシンプルな表現にすり替えることで、メディアを自分たちが望むような論調へ「向ける」話法だ。わかりやすいところで言えば、「戦争法案」なんてのも、これにあたる。
ご存じのように、小池知事は元テレビキャスターだ。12年ほどテレビで視聴者に語りかけてきた後に政界に入ったので当然、「メディア戦略」はお手の物だ。新進党時代は小沢一郎党首(当時)の広報戦略も担当。自民党でも広報本部長と歴任した。
これまで8戦全勝と選挙の強さは、演説という「語り」の巧みさもあるが、「百合子グリーン」のように、メディアが飛びつくネタの放り込みに長けていることもある。
小池知事が、手練のテクニックを用いてまで、「豊洲新市場」を主戦場にしたのは、ここを探っていくと、歴代の知事たちが見て見ぬふりすることしかできなかった、「官・民・政」の結びつきを切り崩すことができるからだ。
『「豊洲」という地名も、工事を担当した東京市港湾局が賞金百円で職員から募集して選んだといわれる』(朝日新聞1999年9月13日)という戦前からの因縁や、東京都のごみ処分埋め立てが、清掃局ではなく港湾局が主体として仕切っていることからもわかるように、このあたりの事業は長く「港湾局のシマ」だった。
今回の騒動の「そもそも」を言い出すと、東京ガスの跡地に市場を建てるというところからきた。これは石原前都知事の片腕である、浜渦武生氏が交渉にあたり、2001年2月に東京ガスと話をまとめたというのは有名だが、その交渉の前に、臨海副都心開発の旗振り役をしていた今沢時雄港湾局長が、2000年から東京ガスに顧問として天下りし、その後、取締役の席に座っていることは、あまり知られていない。
こういう構造を長らく放置してきたのは、「ドン」をはじめとする自民党都議である。
築地移転は来年5月まで延期する見込みらしい。6月には都議選がある。この問題がこじれればこじれるほど、都民の血税は失われる。しかし、その一方で、「ドン」たちを追い詰める「ネガキャン」としては、これ以上のものはない。
東京湾まわりの「腐臭」が「話し合い」でどうにかなるものではない、というのは、小池知事ならばよくわかっているはずだ。かつて、「防衛庁の天皇」と呼ばれた守屋武昌前事務次官と刺し違えた時の戦いぶりを見ても、小池知事が本気で「ドン」の首をとりにきているのは間違いない。
巧みな情報操作術で、世論を味方につけたところまでは小池知事の圧勝だ。しかし、橋下元市長が指摘するように、「不正」をつかまなければ、「血税を使った権力闘争」という批判も受けなくてはいけない。
「女ケンカ師」小池知事の次の一手に注目したい。
フリーのライター、政界の裏をよく知るライターでしか書けないものでしょうね。
小池知事が豊洲騒動で見せた
巧みな情報操作術とは?
DIAMOND online 2016年9月23日 配信
窪田順生 [ノンフィクションライター]
【第1回】
豊洲新市場を巡って、地下にある“空間”の存在が大騒ぎになっている。そもそも、この“空間”は技術的に必要なもの。それがなぜ、こんな異様で不可思議なものとして報道されるようになったのか?そこには小池百合子都知事の巧みな情報操作術がある。
■「地下ピット」か「地下空間」か?
豊洲新市場を巡る表現の食い違い
豊洲新市場の「盛り土」報道が過熱していくなかで、日本経済新聞の17日付朝刊でなんとも奇妙な記事が出ていた。
「一面に水、漂う臭気 豊洲地下空洞公開」という見出しのその記事では、「地下空洞がつくられた経緯が不透明」とし、青果棟などの地下が報道陣に公開されたことを受け、そこへ足を踏み入れた記者が以下のようにリポートしている。
《階段を下りていくと泥の臭いがしてきた。「地下ピットに入る場合は原則2名以上とする」。酸欠や閉じ込めへの注意を促す触れ書きを横目にドアをくぐると、青果棟の地下に広大な暗闇が目の前に広がった》
記者の視界に入った注意書きにあるように、施設管理者である東京都は、青果棟の下にあるものを「地下ピット」だと捉えている。「地下ピット」とは、建物の配管が敷設されておりメンテナンスをする空間だ。豊洲新市場のような巨大施設から一般のマンションまでつくられているのが普通で、ない方がおかしい。
汚染対策の工法を検討する2008年12月の技術会議で東京都側が、「万が一、地下水から汚染物質が検出された場合に浄化が可能となるよう、建物下に作業空間を確保する」と説明していたことからも分かるように、これは不測の事態に備えて重機を入れることも想定した「天井の高い地下ピット」である。
事実、この報道陣への公開と時を同じくして、東京都中央卸売市場は、「豊洲市場地下ピット内の水質調査の結果について」というプレスリリースを出している。都としては、あれは「地下ピット」以外の何物でもないのだ。
だが、前述の日経記事で「地下ピット」という響きが登場するのは、この「触れ書き」の描写のみ。見出しのような「地下空洞」や「地下空間」という言葉が用いられているのだ。ちなみに、同じ現象を取材した日刊工業新聞では「都中央卸売市場、豊洲新市場の地下ピット公開」(9月19日)という見出しとともに、「地下ピット」という表現を記事中で用いている。
日経記者が、「地下ピット」という言葉の意味を知らないわけがない。なぜこの記者は、都の説明を無視したのか。これまでの経緯を振り返れば、論理的にも「地下ピット」は妥当な表現。それをあえて避け、なぜ「地下空間」というミステリアスな響きを用いたのか。
なんて言うと、日経の報道姿勢に難癖をつけているように思われるかもしれないが、そういう意図はない。なぜなら、このような傾向は日経だけではなく、ほぼすべてのマスコミで確認されているからだ。
■小池知事が作り出した言葉に
マスコミが踊らされる
たとえば、同日付の産経新聞では、「豊洲地下空洞初公開 水たまり15センチ 異臭漂う暗闇」と報道しているが、そこには、「地下ピット」という単語すら登場しない。「ズームイン!!サタデー」(日本テレビ)でも『豊洲市場「地下空間」を公開』。週明け19日の「ワイド!スクランブル」(テレビ朝日)では、《豊洲”盛り土なし”地下空洞公開 すべてに謎の水》。「ひるおび!」(TBS)でも、《豊洲新市場 謎の”地下空間”を公開 一面に広がる水の正体は!?》。
つまり、日刊工業新聞の報道姿勢がマイノリティなのであって、日経をはじめとする大手マスコミでは、「地下ピット」という都側の説明は聞き流し、「地下空間」、もしくは「地下空洞」と報じるのが「常識」というか、一種の「報道コード」になっているのだ。
では、なぜこうなってしまったのかということをたどっていくと、ある人物につきあたる。その人物に発言によって、豊洲市場の下に作られたものは「地下ピット」ではなく、「謎の地下空間」であるという、今の流れが生み出されてしまったのだ。
もうお分かりだろう、小池百合子都知事だ。
いま、マスコミを賑わす「盛り土」報道の発端は、今月10日におこなった小池知事の「緊急記者会見」にある。そこで小池知事は以下のような「驚愕の事実」をマスコミに明らかにした。
「青果棟、水産棟などにおきまして、実はこの4.5メートルの盛り土が行われていなかったのではないか、そして、それは一体どうなっているのか、といったような疑問が出てきたわけでございます。4.5メートル分抜けているではないかと。結局、空間になっている」
ここで初めて、「空間」という言葉が使われたのだ。鳥のヒナが生まれた直後に見たオモチャを親だと思い込む「刷り込み」という現象と同じく、記者というのも「初めて明かされた事実」に引きずられる。
「都政の闇」に勇ましく切り込んだ改革派知事が「空間」と断言すれば、それはもう「空間」なのだ。都職員がいくら「いや、あれは地下ピットなんですけど」と訴えても、マスコミの耳には「詭弁」にしか聞こえない。マスコミが、触れ書きや、プレスリリースの「地下ピット」という言葉ををことごとく黙殺したのが、その証である。
そう聞くと、この筆者は小池知事が「空間」という言葉を用いたことで、この問題をミスリードさせてしまったと批判をしているのではないかと思うかもしれないが、まったく逆で、むしろこれまでの都知事がなし得なかったことが、この人ならばできるかもしれない、と非常に大きな期待を寄せている。
■「ボヤを大火事のように騒いだ」
小池知事は無知なのか?
たしかに、橋下徹・前大阪市長がTwitterで《安全性に問題がなく、建設工事に不正がなければ、ここまで豊洲の風評被害を拡大した小池さんの責任問題ひいては進退問題に発展するだろう》と指摘しているように、小池知事にやり過ぎな側面があるのは事実だ。
実は、マスコミが騒ぐ「盛り土をしてないのが不安だ」というのは、まったく逆だ。汚染土壌の上に土を敷き詰めて、杭やらを打ち込めば建物にダイレクトに汚染物質が上がってくる。不測の事態に備えて、「地下ピット」という「空間」があった方が、実際には遥かに安全なのだ。今、共産党のみなさんがやっている水質云々と「地下ピット」は、まったく別の問題なのである。
この「盛り土」問題の本質は、「地下ピット」という新市場に不可欠な設備を、しっかりと議会や都庁内に周知徹底させ、都民に正しく情報公開できなかったという都庁職員の姿勢にある。そのような意味では、「空間」などという物議を醸し出す表現で、「ボヤをあたかも大火事のように大騒ぎした」という知事への批判は正しい。
が、もしもこれが「わざと」だったとしたら――。
批判をする方たちのなかには、小池知事が建造物への知識不足から「地下ピット」というものを理解できず、「空間」だと大騒ぎをした、という見立てをする人も多い。もちろん、そういうこともないとは言い切れないのだが、筆者はまったく別の可能性を考えている。
なにしろ知事就任後、初めて開催をする「緊急記者会見」だ。役人から徹底的に情報を吸い上げたはずだ。当然、小池知事の「この空間はなに?」という問いに対して、「地下ピットです」と答えた者もいたはずだ。官僚のレクの場面などを見た人はわかると思うが、彼らは常に分厚いファイルを持ち歩き、あらゆる質問に回答できるようにしている。他部署の人間は知らなくとも、担当部署ならばあれが「地下ピット」だというのは脊髄反射的に回答できたはずだ。
しかし、小池知事の緊急記者会見では、「地下ピット」という言葉はまったく出ない。説明は受けたはずなのに、会見では発しなかった。つまり、意図的に「地下ピット」というカードを伏せたのである。
■豊洲問題を巨大化させることで
小池知事にどんなメリットがあるのか?
想像してほしい。もし10日の緊急記者会見で、小池知事がマスコミの前でこのような説明をしたらどういう報道になっただろうか。
「通常、建物の下には地下ピットという配管のメンテナンスを行うスペースがあります。当然、青果棟、水産棟などにもございまして、周囲の4.5メートルの盛り土の分、地下ピットとなっていたことが明らかになりました」
当然、「おいおい、汚染物質は大丈夫なのか」という不安はよぎるが、この前提なら、マスコミは「地下ピット」とは何かという説明から、その役割、そして多くの「地下ピット」では雨水や結露で水たまりができやすいという論調へと流れていく。少なくとも、今のような「謎の地下空洞、その目的や如何に!」みたいな、川口浩探検隊シリーズみたいなノリになっていないことだけは間違いない。
つまり、小池知事はリスクマネジメント的には「定石」ともいうべき対応をあえてせず、マスコミがどよめき立ち、連日のように追いかけるような「ネタ」を提供したのだ。
いや、待て待て。知事が意図的に事態をややこしくするようなことを言うわけがないだろ。東京都の失態は、トップの責任だ。不祥事をでかくしたら、自分の首を絞めるだけではないか。
そんな反論が聞こえてきそうだが、実はこの不祥事を大きくすることで、小池知事には何者にも代えがたいメリットを得ることができる。それは、「なんだかよくわからないが、豊洲新市場にはとんでもないことが起きている」という世論の形成だ。
小池知事が「築地移転延期」の方針を固めた時、多くの人は「悪手」だと批判した。維持費は1日700万。業者のみなさんも11月の引っ越しに向けて、着々と準備をしている。「改革」にしては都民の流す血が多すぎる。事実、橋下前大阪市長のような自治体運営の達人みたいな人ですら、「こりゃ、まずいな。改革知事をアピールするためだろうが、政治戦略・戦術としては失敗するだろう」(8月30日)という感想をもらした。
この劣勢をガラッとひっくり返したのが、あの「緊急記者会見」だ。
小池知事は、「地下ピット」をあえて「空間」という不可解な表現を用いて説明することで、マスコミに対して、「豊洲新市場で我々の想像を超えた異変が起きている」という印象を与えようとしたのではないか。
そんな馬鹿なと思うかもしれないが、前述したように小池知事の発言に反応したマスコミ報道によって、「不正を徹底追及せよ」という世論ができあがっているのは、紛れもない事実だ。
■自民党の広報部長も歴任!
メディア操縦はお手の物
たまたまだよ、と言われる方もおられるだろうが、これは我々のような報道対策を仕事とする者の間では「印象操作」と呼ばれる、わりとベーシックな手法なのだ。
会見やインタビューで、読者や視聴者にわかりづらい専門的な言葉を、あえて受け手の想像力をかきたてるようなシンプルな表現にすり替えることで、メディアを自分たちが望むような論調へ「向ける」話法だ。わかりやすいところで言えば、「戦争法案」なんてのも、これにあたる。
ご存じのように、小池知事は元テレビキャスターだ。12年ほどテレビで視聴者に語りかけてきた後に政界に入ったので当然、「メディア戦略」はお手の物だ。新進党時代は小沢一郎党首(当時)の広報戦略も担当。自民党でも広報本部長と歴任した。
これまで8戦全勝と選挙の強さは、演説という「語り」の巧みさもあるが、「百合子グリーン」のように、メディアが飛びつくネタの放り込みに長けていることもある。
小池知事が、手練のテクニックを用いてまで、「豊洲新市場」を主戦場にしたのは、ここを探っていくと、歴代の知事たちが見て見ぬふりすることしかできなかった、「官・民・政」の結びつきを切り崩すことができるからだ。
『「豊洲」という地名も、工事を担当した東京市港湾局が賞金百円で職員から募集して選んだといわれる』(朝日新聞1999年9月13日)という戦前からの因縁や、東京都のごみ処分埋め立てが、清掃局ではなく港湾局が主体として仕切っていることからもわかるように、このあたりの事業は長く「港湾局のシマ」だった。
今回の騒動の「そもそも」を言い出すと、東京ガスの跡地に市場を建てるというところからきた。これは石原前都知事の片腕である、浜渦武生氏が交渉にあたり、2001年2月に東京ガスと話をまとめたというのは有名だが、その交渉の前に、臨海副都心開発の旗振り役をしていた今沢時雄港湾局長が、2000年から東京ガスに顧問として天下りし、その後、取締役の席に座っていることは、あまり知られていない。
こういう構造を長らく放置してきたのは、「ドン」をはじめとする自民党都議である。
築地移転は来年5月まで延期する見込みらしい。6月には都議選がある。この問題がこじれればこじれるほど、都民の血税は失われる。しかし、その一方で、「ドン」たちを追い詰める「ネガキャン」としては、これ以上のものはない。
東京湾まわりの「腐臭」が「話し合い」でどうにかなるものではない、というのは、小池知事ならばよくわかっているはずだ。かつて、「防衛庁の天皇」と呼ばれた守屋武昌前事務次官と刺し違えた時の戦いぶりを見ても、小池知事が本気で「ドン」の首をとりにきているのは間違いない。
巧みな情報操作術で、世論を味方につけたところまでは小池知事の圧勝だ。しかし、橋下元市長が指摘するように、「不正」をつかまなければ、「血税を使った権力闘争」という批判も受けなくてはいけない。
「女ケンカ師」小池知事の次の一手に注目したい。