木村勇作は、何時も誰かを好きになっていた。
山崎瑞奈もまた、何時も恋愛をしていた。
瑞奈にとって、勇作は言わば「友達以上、恋人未満」の関係であったのだ。
そして、勇作にとっては、瑞奈は「現代女性論」の題材のような存在であった。
大学時代に近代文学の中の女性に興味を持っていた勇作は、26歳まで現代の実社会における女性を全く知らなかったのである。
「勇作はどちらかと言うと中性的で、女に警戒されないタイプだな」友人の木島紀夫に言われたことが、再び思い出された。
思えば、幼かった子どもころの勇作は何時も女の子たちと遊んでいて、周りに男の友だちが、ほとんどいなかった。
母親が学校の先生をしていて、勇作が1歳年上の姉の幸恵を自宅から1500メートルほど離れた幼稚園まで送っていた。
勇作も幼稚園へ通いたかったのに、「勇作は幼稚園はいいの」と何故か母が言うのだ。
小学生になってからの勇作も3年生まで、姉の友だちたちと遊んでいたのだ。
勇作は「女の子好きの木村」と同級生に嫌味を言われたことが契機となり、4年生になった時から男友だちと遊ぶようになったのだ。
その後が、ずっと女子たちと口もきけなくなってゆく。
中学生になった勇作も誰かを好きになっていたが、ただそれだけであり、言葉を親しく交わすことはなかった。
瑞奈は自身の最近の失恋について勇作に語るのだ。
「なぜ、ゆうちゃんは、こんな恋の話を聞かされて、私から逃げないの?私なら逃げていくわ」瑞奈は突き放すよに言うのだ。
それは、日比谷公園の芝生の上に二人並んで座っている時であり、噴水が水しぶきとなって散る11月の風がとても冷たい日であった。
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