仕掛けたは、大統領選挙で共和党のトランプ前大統領を支持する宗教右派勢力。
聖書戦争のアメリカであるが、憲法は信教の自由を認め、国教を禁じている。
それなのに、米国の宗教ナショナリズムが広がっている。
トランプは、2016年の大統領選で「キリスト教を復活させる」と訴えた。
このこともあり、宗教右派の8割が投票し、勝利の言動力となった。
宗教ナショナリズムを巡る論争は、米国社会の分断をさらに深め、保守派とリベラル派の対立を激化させた。
白人労働者が栄えた「古き良きアメリカ」の復活を願う共和党にとって、トランプが掲げる「米国を再び偉大に」は心に響いたのであろう。
そして「白人ナショナリズム」の原動力になっている。
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文字通り殺し合う関係にあったプロテスタントとカトリックですが、やがてアメリカで融和し、部分的に手を組む関係になります。
その背景にあったのが、マルクス主義の発展と、その思想にもとづいた共産主義国家ソ連の誕生です。
宗教は麻薬と唱え信仰の自由を認めないソ連共産主義に対抗して、反共産主義という立場で両キリスト教宗派は接近するのです。
アメリカには160万以上のNPOがあり、これは日本の特定非営利法人だけでなく、学校法人や医療法人、宗教法人、社会福祉法人なども含みます。これらで使われる予算はほぼ日本の国家予算にあたるといわれます。NPOの10%が教会などの宗教機関ですから、その分の予算があるなら、かなりのお金が動くことになりますね。
――カリスマ牧師が運営するメガチャーチの存在感が大きいとのことですね。
メガチャーチは全米で1300以上あるといわれ、小さいものでも2000人、巨大なものだと1万~4万7千人が参加し、それが50軒ほどあるといわれます。この50軒ほどある巨大なメガチャーチの多くは、南部や中西部に集中しています。個々のメガチャーチの収支情報を入手するのは困難なので、細かい情報はわかりませんが、医療や福祉活動などにあてるには十分な予算といえるでしょう。
メガチャーチを含むこれらNPOは税制でも優遇されており、富裕層が寄付したお金をほとんどそのまま予算として使用することができます。寄付する側も、自らがその活動に賛同できる団体を選んで「喜んで」寄付することができます。その寄付金は徴税の対象外だからです。
トランプ自身は信仰心が篤いとは思えませんが、宗教票が大統領選にとって重要であることは、レーガン大統領選出の事例から知っています。支持を得るために「宗教的パフォーマンス」はつねに行ってきました。
大統領就任式に使用した聖書は、スコットランド系の長老派だった母から日曜学校を卒業したときに貰ったもので、それを予選のスピーチでしばしば手に持ったり引用したりしていました。引用を間違えたなどの笑い話もありますが。中絶に対しても厳しい態度で臨んでいます。
これらの選挙前の公約を実現すべく、トランプ政権はすでに動いており、大統領令などで一部の州(オハイオ州)では中絶が非合法化され、マイク・ペンスが推奨する同性愛者の更生プログラムなどについても議論されています。
――宗教票をまとめる上で、副大統領となったペンスの働きが大きかったようですね。
共和党の候補者たちが予選でトランプに敗北したことで、これら候補を支持していた宗教票がトランプに流れました。それを担ったのがマイク・ペンスでした。
彼はアイルランド系でカトリックとして育ちましたが、福音派の妻と知り合い結婚すると、ボーン・アゲインの福音派に改宗しました。改宗後もカトリック保守との繋がりは一部維持しており、そうした立場からカトリック保守票と福音派票をまとめ上げ、トランプに投票するように仕向けることに成功しました。
政治的には共和党主流派とのパイプ役でもあり、トランプとは対照的にもの静かで落ち着きがあり、トランプが逸脱発言をしてもペンスが修正役を演じているともいえるかもしれません。大統領本選直前のトランプの女性侮辱発言は、キリスト教保守の女性たちの怒りを買い、ペンスはトランプを叱責したそうです。
――それからバノンですね。
バノンもカトリック保守で、イスラム教徒入国禁止令は、欧米のキリスト教文明がイスラムによって脅かされているという考えからです。また最近「ジョソン修正案」を覆す意向も発表しました。
これは60年前にジョソン大統領が政教分離を推進しようとして、宗教団体にNPO法人のステイタスを与え、これによって徴税の対象外とし、その代わり宗教団体は政治的な活動に直接関与したり、政治団体に資金を提供したりできなくなった法律です。
これを廃止して、宗教団体が堂々と政治活動を行い、メガチャーチなど莫大な資金力を持つ宗教団体が、トランプに好都合な政治活動に資金提供できるとことになるかもしれません。つまり、政教分離の原則はいっそう後退して、政治と宗教が一体化しかねないともいえますね。
――他方で、トランプ政権ではイスラエルへの強い肩入れや、クシュナーやフリードマンといったユダヤ教正統派の重用など、ユダヤへの目配りも感じさせます。
上級顧問に起用されたジャレッド・クシュナーはイバンカ・トランプを、婚姻前にユダヤ教に改宗させたことからわかるように、かなりの信仰の篤い正統派ユダヤ教徒といえます。ユダヤ教は母系宗教で、普通女性(母)が非ユダヤ教徒の場合、男性(父)がユダヤ教徒でも、その子供はユダヤ教徒になりません。そのため、子供たちをユダヤ教徒にするために、女性(母)がユダヤ教徒である必要があったんですね。
また、駐イスラエル大使に指名されたデヴィッド・フリードマンもユダヤ教徒で、オバマを反ユダヤ主義者呼ばわりしていすます。ヨルダン川西岸地区のエルサレム隣接するユダヤ・サマリア地区(Judea Samaria)のイスラエルによる占領を、国連に承認されていないにもかかわらず、旧約聖書のヨシュア記に明記されるユダヤ王国の一部であったことから、この土地はユダヤ・キリスト教国家であるイスラエル国家の帰属であると発言しています。この地区がエルサレムに隣接していることから、イスラエルがエルサレムを首都にしたい思惑とも関わっていますね。
――そうしたなか、トランプ政権ではキリスト教シオニズムが強まっている印象をもちます。
アメリカはイスラエル建国以降、ほぼ一貫してこの国を熱心に支援してきましたが、オバマ大統領時代は、パレスティナ人の土地に容赦なく領土を拡大するイスラエルを阻止するよう働きかけたり、強硬派のネタニヤフ首相には批判的姿勢をもせたりしました。
トランプはそれを、オバマ以前のアメリカの対イスラエル支援政策に戻し、さらに以前にも増してイスラエル内の強硬派寄り政策を推進しようとしています。
イスラエル内やアメリカのユダヤ・ロビーには穏健派も存在し、彼らは戦闘回避のためにパレスティナとの和平に応じる用意もありますが、強硬派はパレスティナと徹底抗戦によってユダヤ国家イスラエルを守り、さらに拡大し、聖地エルサレムを首都として奪回する考えを持つなど、おっしゃるようにキリスト教シオニズム的思考がみて取れます。
これら強硬派は、過去のアラブ諸国との戦闘でイスラエルが勝利してきたのは、アメリカの支援もさることながら、イスラエルが神に守られ、神から祝福されているからだというキリスト教シオニズム思想を持ち、アメリカのユダヤ教正統派もこの考えを共有しているのです。
――そもそもキリスト教シオニズムとは、どのような思想なのでしょうか?
キリスト教シオニズムの歴史的起源はアメリカではなく、イギリスの中東支配時代にまでさかのぼります。大英帝国にとってインド支配は要で、中東はインドに行くルートとして重視され、ここに非公式支配を確立しました。
19世紀英国を代表する外相で首相も務めたパーマストン、彼の縁者であったアントニー・アシュレー・クーパーが英国の中東支配にあたって、「アラブ人の土地支配からユダヤ人の土地を、キリスト教徒が守るべき」という発想を持ちますが、ここからキリスト教シオニズムが出てきます。その考え方が、ユダヤ教からキリスト教に改宗したディズレーリ首相によって、現実味を帯びる外交政策として実行されていくのです。
この過程でキリスト教でも、ユダヤ人をキリスト教徒に改宗させる福音主義的な教派の布教活動と結びつき、エルサレムやその周辺の土地はユダヤ人だけでなく、キリスト教徒が帰還すべき「聖地」だとみなされるようになります。
この背景には、18世紀頃イギリスのピューリタン思想から出てきた千年王国論があります。これは聖書のヨハネの黙示録に書かれているもので、この世の終わりに救われるためには、古代イスラエル王国を復活させ、そこにまずユダヤ人を帰還させる。そうすることで、ユダヤ人の帰還を支援するキリスト教徒も救われ、やがてキリスト教徒も聖地エルサレムを目指すという考え方です。
この思想が20世紀になると、ドイツやイングランド経由でアメリカに渡り、とくに戦後1947年のイスラエル建国以降、アメリカのキリスト教福音派の多くはこのキリスト教シオニズムを熱狂的に支持します。これが今日のアメリカのイスラエル支持の外交政策に繋がっていくのです。
アメリカにおける「政治と宗教」
――これまでのお話を聞いていると、アメリカでは「政治と宗教」とが解きがたく絡み合っています。
合衆国憲法修正第1条で「政教分離」が謳われていますが、これはあくまで公的な原則であり、場合によっては矛盾を生み出すこともあります。
この憲法が起草されたのは18世紀ですので、この場合の宗教とはキリスト教の諸宗派を意味します。カトリックやプロテスタントの非主流派であるピューリタンが、英国で迫害されたり差別されていた時代でしたので、「信仰の自由」とは、キリスト教のどの宗派を信じていても迫害されてはならないことを意味し、イスラム教や仏教はもちろん、ユダヤ教やモルモン教すら含まれていませんでした。
こうした歴史と伝統を踏まえてか、アメリカではキリスト教徒以外の大統領が選出されたことはなく、キリスト教、とくにピューリタンが建国した国であることから、その宗教的理念が政治と不可分に結びついています。
――それが大統領選にも現れ、宗教票が選挙を左右するにいたるわけですね。
欧州の主要国ではプロテスタントかカトリックですが、長い歴史のなかで、とくに近代以降世俗化が進み、また建国の理念とキリスト教はそれほど強い結びつきを持ちません。それに対して、18世紀に建国され移民によって形成されたアメリカでは、国民の団結を図るためにもキリスト教を共通理念とし、その信仰に訴えることが国民の心を動かすので、選挙などの投票行動に現れるのです。
とくに小さい国家を唱える共和党支持者にとっては、国より教会が日々の生活に入り込んでいます。とりわけ福祉の領域でそれは顕著ですが、先ほどお話ししたように、福祉国家でないアメリカでは、国より教会がそれを担っているからです。
またアメリカのプロテスタント教会、とくに福音派は、現世的な傾向のあるカルヴァン派が多いことから、勤勉に働くことによってお金を稼ぐことは神への奉仕である、という考え方をもっています。これは旧約聖書の申命記一説に基づきます。プロテスタントでもルター派は基本的に新約聖書を重視することから、旧約聖書を引用するカルヴァン派は特徴的です。
このようにアメリカではキリスト教が人びとの生活に密着し、資本主義の発展にも寄与してきたことから政教分離は難しく、大統領を選ぶときもその信仰が注目され、大統領就任式では聖書に手を置いて宣誓し、歴代の大統領はリンカーンの使用した聖書を使ってきました。
そのため、有権者にとって宗教は重要な争点であることを意識し、たとえ大統領候補本人が敬虔なクリスチャンでなかったとしても、そうであるかのようなパフォーマンスで、宗教票を集め選挙で勝利する可能性を高める努力をします。ただし共和党が宗教票を意識的に集め支持基盤としたのは、1980年のレーガン大統領選出以降です。
――そうしたなか、最大の浮動票のカトリックを制する者が、大統領選で勝利するといわれます。今回もトランプがカトリック票において、ヒラリーを上回りました。
過去三回の大統領選挙でのカトリックの投票行動を、ピュー・リサーチセンターの統計でみてみましょう。2004年のブッシュVSケリーでは、ケリーがカトリックであるにもかかわらず、ブッシュ52%、ケリー47%で、カトリック票を多く集めたブッシュが政権を取っています。ちなみに内訳を人種別でみると、白人カトリックはブッシュ56%、ケリー43%、これをヒスパニックでみるとブッシュ33%で、ケリー65%と逆転されます。
次に2008年のマケインVSオバマでみると、全体だとマケイン45%でオバマ54%、白人カトリックはマケイン52%で、オバマの47%を逆転し、これをヒスパニックでみるとマケイン26%で、オバマ72%と大差です。白人カトリックが共和党に多く入れているにもかかわらず、ヒスパニックのおかげでカトリック全体ではオバマが優る結果となりました。
2012年のロムニーVSオバマは、ロムニーはモルモン教徒ですが、ロムニー48%でオバマ50%、白人カトリックはロムニー59%でオバマ40%、ヒスパニックのカトリックだと、ロムニー21%でオバマ75%と、またしても大差です。
そして今回のトランプVSクリントンだと、トランプ52%でクリントン45%、白人カトリックだとトランプ60%でクリントン27%、ヒスパニックだとトランプ26%でヒラリー67%という統計があります。
合計数でカトリック票を多数、獲得した方が大統領に選出されていることから、カトリックを制する者が勝利するといえると思います。また、カトリックは共和党支持の保守と民主党支持のリベラルに分かれており、カトリックのケリーがブッシュに負けたことから、候補者次第でどちらにも転ぶという点では浮動票だといえるでしょう。
――現在、カトリックの40%がヒスパニックです。ヒスパニックが今後増えていくなかで、カトリック票と政治との関係はこれからどのようになっていくのでしょうか?
白人カトリックは共和党に、ヒスパニックのカトリックは民主党に入れる傾向が強いのですが、合計数では2004年と2016年では共和党が多数派になっています。そうしたなか、カトリックの40%がヒスパニックであることから、その影響は大きいといえます。
さらに年々、とくに南部でその人口が増加し、テキサスのような保守の牙城でもヒスパニックの流入が顕著なことから、彼らの投票行動を配慮した政策が求められると思います。
ちなみに、トランプの「メキシコとの壁発言」はヒスパニック全員を敵に回したわけではなく、違法移民の排除にはむしろ賛成の合法移民のヒスパニック系は、逆に「強いアメリカ」や「雇用増大のアメリカ」を信じていることから、トランプを支持しているともいわれます。
またあわせて注意しなくてはならないのは、ヒスパニックがカトリックとはかぎらず、近年は福音派に改宗しメガチャーチに通う者も増大傾向にあることです。著書を書くために調査したカルフォニア州オレンジ郡のメガチャーチでも、そうした人たちと多く出会いました。彼らのあいだではペンテコステ派という福音派がとくに人気があり、メガチャーチを運営し、もっとも信者数を増やしている教派ともいわれることから、共和党が票田として狙っています。
――福音派については、ABCニュースの出口調査によると、福音派の白人の81%がトランプに投票しており、過去3回の米大統領選で共和党候補者が獲得した以上の福音派票でした。トランプのエスタブリッシュメント攻撃が、福音派票を集めるのに利したのでしょうか?
そういえると思います。プロテスタントはもともと、権威主義的なカトリックに対抗して出てきた宗教なのですが、主流派のアメリカ聖教会などでは歴史的な経緯で、一定のヒエラルキー制度が確立されました。それに対して、非主流派として発展してきた福音派は、誰にもいつでも神が降りてきてボーン・アゲインすることで牧師になれる、徹底した平等主義の民衆のためのキリスト教の教えです。そういう意味では、知性より感情を露わにした熱狂が先行するので反知性主義的だといえます。
そして、トランプは反エスタブリッシュメントとして、典型的な反知性主義でポピュリスト的だといえます。ただ、福音派にかぎらずアメリカでは、知性=権威主義・エリートとする考え方が歴史的に根強くあり、トランプはそういう意味で反権威・エリート=反知性主義として有権者からの支持を得た大統領です。
反知性主義が攻撃する相手は「知性」ともいえるエスタブリッシュメントの学者やジャーナリストであり、ご存知のようにCNNやニューヨークタイムズを始めとする主要メディアをトランプが攻撃するのもそのためです。
――トランプは大統領になったら穏健化するのではないかといわれましたが、エスタブリッシュメント攻撃はやみませんね。
21世紀以降、グローバル化から取り残された民衆のなかでも、とくに失業や貧困に陥っている層から、トランプは熱狂的な支持を得ています。これら「民衆」がインターネットの普及によって、ツィッターなどを通じて政治的発言権を得て、エスタブリッシュメントを批判していることから、トランプも同じ手段によって大統領という地位に就いてからも、エスタブリッシュメントを攻撃しつづけるのです。
ただし、こうした傾向はトランプが始めたわけではなく、先にお話しした65年のバックリーによる草の根運動としての保守主義の浸透や、2009年から盛んになったティーパーティー運動にも類似性を見ることができます。英国のEU離脱を決めた国民投票は直接選挙であり、トランプはこれを称賛していることから、それは直接民主主義への希求ともいえるかもしれませんね。
松本佐保国際政治史
名古屋市立大学人文社会学部教授。慶応義塾大学大学院修士課程修了、英国ウォーリック大学大学院博士号(PhD)。専攻は国際政治史、主に英米、イタリア、バチカンの政治・外交・文化史の観点から近現代の国際関係を読み解く作業を続けている。著書に米大統領選をキリスト教の視点から見た『熱狂する「神の国」アメリカ』文春新書2016、バチカン秘密文書を発掘した『バチカン近現代史』中公新書2013、その他日本語及び英語による著書、共著書や論文多数。