今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「 友のごときものを持つことはできても真の友は持てない。だから友に似たものを多く集めて真の友
の代りにするのである。死ぬときはせめてそのにせの友にかこまれて死にたいのである。
友の幸運は嬉しいものである。けれども二度も三度もかさなるといやな気がする。また友の不運
は同情に耐えないものである。けれどもその友を見舞う足どりは我にもあらず勇むのである。
俗に金銭の貸借は友を失うという、だからしないと断る友がある。なに貸したくないのである。
真の友なら貸す、そして貸したことを忘れる。借りたほうも忘れる。形勢が逆転してこんどは貸し
てくれたほうが借りにくると、以前借りた友は貸し手に回れたことを喜んで貸し、そして共に忘れ
る。かくの如きが真の友ならこの世に真の友はない。
お話変って中年の妻の五割以上が夫と別れたがっていると、新聞で読むとその気になる妻がいる。
夫が退職金を貰うと日ならずして菊池さん又は佐々木さんと妻は夫を姓で呼ぶ。
その声音にぞっとして振向くと、ながながお世話になりましたが今日かぎりお別れしたいと言う。
女はそれが流行となればそそのかされれば何でもする。ひと前でまる裸になるくらいだから、別れ
もしよう。
けれどもこの世に友はないのである。友のごときものでさえ稀なのである。三十年四十年友に似
たものならそれは友なのである。一夫一婦は根本に無理をふくんでいる。けれども人間の考えたも
ののなかではよく出来たほうだとながめて私は思うのである。」
(山本夏彦著阿川佐和子編「『夏彦の写真コラム』傑作選2」新潮文庫 所収)