「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2009・11・09

2009-11-09 09:00:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、藤沢周平(1927-1997)著「三屋清左衛門残日録」から。

 「……その夜の酒は清左衛門もうまかった。酒もさることながら、
 ほどのよい夜の寒さと酒の肴のせいでもあったろう。
  肴は鱒の焼き魚にはたはたの湯上げ、茸はしめじで、風呂吹き大
 根との取り合わせが絶妙だった。それに小皿に無造作に盛った茗荷
 の梅酢漬け。
 『赤蕪もうまいが、この茗荷もうまいな』
  と町奉行の佐伯が言った。佐伯の鬢の毛が、いつの間にかかなり
 白くなっている。町奉行という職は心労が多いのだろう。
  白髪がふえ、酔いに顔を染めている佐伯熊太を見ているうちに、
 清左衛門は酒がうまいわけがもうひとつあったことに気づく。気の
 おけない古い友人と飲む酒ほど、うまいものはない。
 『今夜の酒はうまい』
  清左衛門が言うと、佐伯は湯上げはたはたにのばしていた箸を置
 いて、不器用に銚子をつかむと清左衛門に酒をついだ。」
コメント
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