今日の「お気に入り」は、藤沢周平(1927-1997)著「三屋清左衛門残日録」から。
「……その夜の酒は清左衛門もうまかった。酒もさることながら、
ほどのよい夜の寒さと酒の肴のせいでもあったろう。
肴は鱒の焼き魚にはたはたの湯上げ、茸はしめじで、風呂吹き大
根との取り合わせが絶妙だった。それに小皿に無造作に盛った茗荷
の梅酢漬け。
『赤蕪もうまいが、この茗荷もうまいな』
と町奉行の佐伯が言った。佐伯の鬢の毛が、いつの間にかかなり
白くなっている。町奉行という職は心労が多いのだろう。
白髪がふえ、酔いに顔を染めている佐伯熊太を見ているうちに、
清左衛門は酒がうまいわけがもうひとつあったことに気づく。気の
おけない古い友人と飲む酒ほど、うまいものはない。
『今夜の酒はうまい』
清左衛門が言うと、佐伯は湯上げはたはたにのばしていた箸を置
いて、不器用に銚子をつかむと清左衛門に酒をついだ。」
「……その夜の酒は清左衛門もうまかった。酒もさることながら、
ほどのよい夜の寒さと酒の肴のせいでもあったろう。
肴は鱒の焼き魚にはたはたの湯上げ、茸はしめじで、風呂吹き大
根との取り合わせが絶妙だった。それに小皿に無造作に盛った茗荷
の梅酢漬け。
『赤蕪もうまいが、この茗荷もうまいな』
と町奉行の佐伯が言った。佐伯の鬢の毛が、いつの間にかかなり
白くなっている。町奉行という職は心労が多いのだろう。
白髪がふえ、酔いに顔を染めている佐伯熊太を見ているうちに、
清左衛門は酒がうまいわけがもうひとつあったことに気づく。気の
おけない古い友人と飲む酒ほど、うまいものはない。
『今夜の酒はうまい』
清左衛門が言うと、佐伯は湯上げはたはたにのばしていた箸を置
いて、不器用に銚子をつかむと清左衛門に酒をついだ。」