今日の「お気に入り」は、佐野洋子さん(1938-2010)のエッセー「役にたたない日々」から。
「ニ〇〇五年春
×月×日
一年前乳ガンの手術をした。ガンと聞くと私の周りの人達は青ざめて目をパチパチする程優しくなった。
私は何でもなかった。三人に一人はガンで死ぬのだ。あんたらも時間の問題なのよ、私はガンより神経症の
方が何万倍もつらかった。何万倍も周りの人間は冷たかった。私の周りから人が散っていった。
人を散らす様な私になっているのだ。やがて私は死にたくもない死ねない廃人になって生きながらえるの
か、心底ガンの人が羨ましかった。そんな事を口に出したらわずかに残った心優しい友人達も飛びはねてど
っかに行ってしまうだろう。私の神経症は一生治らない。今でも治らない。
ガンはおまけの様なものだ。
でもね、ガンを手術したお医者さん、いくら私がバアさんでも余った肉をギャザー寄せて、脇の下にまと
めて欲しくなかったのよ、この年で風呂以外で裸になることはないのだから形はどうでもいいからまとまっ
てギャザ―寄せ肉の固まりを脇に作らないで欲しかったのよ。一年たっても治んなくてすれて腕もギャザー
も痛いのよ。若い美人だったらお医者さんちったあ、いや入念に腕をふるったでしょうが、正直に云いな。
私にはギャザーもおまけってわけになってしまった。」
(佐野洋子著「役にたたない日々」朝日文庫所収)

「ニ〇〇五年春
×月×日
一年前乳ガンの手術をした。ガンと聞くと私の周りの人達は青ざめて目をパチパチする程優しくなった。
私は何でもなかった。三人に一人はガンで死ぬのだ。あんたらも時間の問題なのよ、私はガンより神経症の
方が何万倍もつらかった。何万倍も周りの人間は冷たかった。私の周りから人が散っていった。
人を散らす様な私になっているのだ。やがて私は死にたくもない死ねない廃人になって生きながらえるの
か、心底ガンの人が羨ましかった。そんな事を口に出したらわずかに残った心優しい友人達も飛びはねてど
っかに行ってしまうだろう。私の神経症は一生治らない。今でも治らない。
ガンはおまけの様なものだ。
でもね、ガンを手術したお医者さん、いくら私がバアさんでも余った肉をギャザー寄せて、脇の下にまと
めて欲しくなかったのよ、この年で風呂以外で裸になることはないのだから形はどうでもいいからまとまっ
てギャザ―寄せ肉の固まりを脇に作らないで欲しかったのよ。一年たっても治んなくてすれて腕もギャザー
も痛いのよ。若い美人だったらお医者さんちったあ、いや入念に腕をふるったでしょうが、正直に云いな。
私にはギャザーもおまけってわけになってしまった。」
(佐野洋子著「役にたたない日々」朝日文庫所収)
