今日の「お気に入り」は、佐野洋子さん(1938-2010)のエッセー「役にたたない日々」から。
「 二〇〇四年夏
×月×日
私は不思議で仕方ない。そう云えば、私はいつだって同じものが出来ないのである。自分で、
驚くほどうまいちらし寿司を作り、その次は吐き出したいほどのちらし寿司を作る。本当に吐
き出す。その間は可も不可もない不安定なちらし寿司を作るのである。いつか、どうして私は
こうなのだろうと嘆くと、十三歳の男の子が、『だから、家庭料理はあきないんだって。それ
に女の人は毎日体温とかが変るから味も微妙に変るんだって』となぐさめてくれた。何て優し
い子だろう。『どうして、そんなこと知ってるの』『こないだ学校で教わった』
フーン、こないだ性教育受けたんだ。しゃれた事例を引く教師じゃん、とその時思った。
でもね、私もう更年期もとっくに終わってんだ。なのに、なのに、何ではげしく不安定な料理
を作るのであろう。むらの多い不安定な性格のためなのにちがいない。性格って、病
気なのだね。あのササ子さんの几帳面さも、病気なのだ。見た目だけきれいにかざり
立て、全く味というものがないミミ子さんも病気なのだ。
病気になる前のノノ子の料理はたっぷりしてのびのび豊かなひろがりの料理だった。二人の
息子たちが、馬のように食っていた。その息子もはげ始めている。
子供が食い盛りの時、ごはんも人生も私達は充実していたねェ。愛だ恋だなんて比べること
出来ないほど充実してたねェ。
決して戻らない年月をふり返るって、ひりつくほどの切なさである。」
(佐野洋子著「役にたたない日々」朝日文庫 所収)
