「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2013・06・18

2013-06-18 14:30:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、中野孝次さん(1925-2004)の著書「ローマの哲人 セネカの言葉」より。

「ところで世の中にあの連中以上に愚劣な生き方をしている人間がいるでしょうか。僕の言うのは
あの、自分のお利巧さんぶりを示そうと、骨折ってわざわざ超多忙な生き方をしている連中のこと
ですが。彼らは将来もっといい暮しができるようにと、いまを忙しく立ち働いている。今の生活を
犠牲にして人生を設計する。遠い先を視野に置いて計画を立てる。事実はしかし、人生の最大の損
失とはまさにこういう延期、先送りなのに。彼らは遥か遠い先にあるものを得ようとして、いま目
の前にある日々を未来に捧げ、未来の成果のために現在を奪うのです。だが、今日を無にして明日
を得ようとするこの期待こそ、生きる上での最大の障害なのです。運命の手中にあるあてにならぬ
ものをあてにして、自分の手の中にあるものをとりこぼしてしまうのですから。君は、どこを見て
いるのです? どこに向かって進もうとしているのです? これからやってくるものはすべて、不
確かさの中にある。今この時をこそ君は生きるべきです。見たまえ、最大の詩人=予言者が叫んで
います。神々の声に動かされたかのように、彼は救いをもたらす格言をこう歌っています。

  まさしく人生における最良の日こそ、あわれな人間たちからまっ先に
  逃れてゆく                            ――ヴェルギリウス

 『なぜお前はためらっているのだ』と詩人は言っているのです。『何をぐずぐずしている? お
前が今日という日を捕えなければ、それはたちまち逃げてしまうぞ』と。
 しかし、たとえ君が捕えたとしても、それでも時は逃げてゆくのです。故に、時の速さに対して
は、ただちにそれを使うことで戦わねばなりません。あたかも流れて止まらぬ急流から急いで水を
飲むように。
 また詩人が『人生の最良の年代』と言わずに『最良の日』と言っているのは、きりもなく計画ば
かり立てていることを非難する、まことに巧みな言い回しです。このように速やかに逃げ去る時間
であるのに、なぜ君はかくも安閑と落ち着きはらって、月やら年やらの長い行列を、いかにそれが
君の貪欲な目にはよく見えようとも、君の前方に先送りしてゆくのです? 詩人が日について語っ
ているのは、君の日のこと、まさにこのように逃げてゆく日のことなのです。
                           『人生の短さについて』9-1~3」

(中野孝次著「ローマの哲人 セネカの言葉」岩波書店刊 所収)





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