「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

ほろほろ気分で禅を説く  Long Good-bye 2021・10・19

2021-10-19 05:15:00 | Weblog

   今日の「 お気に入り 」 。


   「 いつぞや 、日向地方を行乞した時の出来事である 。秋晴の午後 、或る町はづれの

    酒屋で生一本の御馳走になつた 。下地は好きなり空腹でもあつたので 、ほろほろ

    気分
になつて宿のある方へ歩いてゐると 、ぴこりと前に立つてお辞儀をした男が

    あつた 。中年の 、痩せて蒼白い 、見るから神経質らしい顔の持主だつた 。

    『 あなたは禅宗の坊さんですか 。・・・ 私の道はどこにありませうか 』

    『 道は前にあります 、まつすぐにお行きなさい

     私は或は路上問答を試みられたのかも知れないが 、とにかく彼は私の即答に

    満足したらしく 、彼の前にある道をまつすぐに行つた 。

     道は前にある 、まつすぐに行かう 。―― これは私の信念である 。この語句

    を裏書するだけの力量を私は具有してゐないけれど 、この語句が暗示する意義

    は今でも間違つてゐないと信じてゐる 。

     句作の道 ―― 道としての句作についても同様の事がいへると思ふ 。句材は

    随時随処にある 、それをいかに把握するか 、言葉をかへていへば 、自然をど

    れだけ見得するか 、そこに彼の人格が現はれ彼の境涯が成り立つ 、彼の句格

    が定まり彼の句品が出て来るのである 。

     平常心是道 、と趙州和尚は提唱した 。総持古仏は 、逢茶喫茶逢飯喫飯と

    喝破された 。これは無論『山非山 、水非水 』を通しての『山是山 、水是水 』

    であるが 、山は山でよろしい 、水は水でよろしいのである 。一茎草は一茎草

    であつて 、そしてそれは仏陀である 。南無一茎草如来である 。

     道は非凡を求むるところになくして 、平凡を行ずることにある漸々修学

    から一超直入が生れるのである 。飛躍の母胎は沈潜である

     所詮 、句を磨くことは人を磨くことであり 、人のかゞやきは句のかゞやき

    となる 。人を離れて道はなく 、道を離れて人はない 。

     道は前にある 、まつすぐに行かう 、まつすぐに行かう 。」


    「 闇の奥には火が燃えて凸凹の道

     水底うつくしう夕映えて動くものなし

     雪ふる中をかえりきて妻へ手紙かく

     蛙さびしみわが行く道のはてもなし
   

                          ( 山頭火 )」


    ( 出典: 種田山頭火著 村上護 編 小崎侃・画 「 山頭火句集 」ちくま文庫 ㈱筑摩書房 刊 )


     引用はここまで 。

     「 ウィキペディア 」によれば 、文中の「 趙州和尚 」は 、「 趙州従諗( じょうしゅう じゅうしん 、

     英語 : Zhaozhou Congshen、778年 - 897年 )は、中国の唐代の禅僧 。諡は真際禅師 。俗姓は郝 。

     曹州済陰県郝郷の出身 。中国禅僧の中で最高峰の高僧とされ 、五代十国時代の混乱した北方において

     禅を説いた禅者として臨済義玄と並び称される 。その宗風は棒喝のはげしさを示さず 、平易な口語で

     法を説き 、『 口唇皮上( くしんぴじょう )に光を放つ 』といわれ 、名問答の数々を残した 。あら

     ゆる祖録を通じ 、趙州の言葉が最も多く記録されているといわれる 。」方だそうです 。

     今日の 特に「 お気に入り 」 。

     「 道は非凡を求むるところになくして 、平凡を行ずることにある 。漸々修学

        から一超直入 ( いっちょうじきにゅう ) が生れるのである 。飛躍の母胎は沈潜である 。

          所詮 、句を磨くことは人を磨くことであり 、人のかゞやきは句のかゞやきとなる 。

            人を離れて道はなく 、道を離れて人はない 。

              道は前にある 、まつすぐに行かう 、まつすぐに行かう 。



                                   

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