
今日の「 お気に入り 」 。
「 アメリカは信用できるか 、とよく聞かれる 。イエスともノーとも答えようがない 。
アメリカが自分を犠牲にしてまでも 、日本を助けると思いこむことこそ 、そもそも
現実離れした話なのだ 。すべての国は自国の利益を優先させる 。とくに自分の国が
生き残るかどうかという瀬戸際には 、自国のことを先に考えるのがとうぜんなのだ 。
ハーバード大学大学院行政学科の修士課程にいたとき 、わたしは 、ヘンリー・A・
キッシンジャー助教授 ( 当時 ) の国防セミナーに出ていた 。正規の修士学生は二十名
だけだった 。ただし週一回三時間のセミナー当日には 、アメリカ国防総省 ( ペンタ
ゴン ) から将官や文官が 、特別聴講生として三十名ほどくわわる 。
このセミナーでは 、ときどき通称「 ウォー・ゲーム 」と呼ばれる戦況演習が行なわ
れた 。ウォー・ゲームは 、仮定の状況を設けて 、政治・軍事面の政策決定者を大学
院生から選び 、議論しあい 、事態がどう発展するかを研究するもので 、経済学の
ケース・スタディにあたる 。
あるとき 、日本が 、ウォー・ゲームの対象国に選ばれた 。状況は 、こうだ 。
ソ連・中国・北朝鮮の連合兵力が極東でことを起こし 、朝鮮半島と日本列島に " 敵 "
が上陸 、空挺 (くうてい ) 降下し 、アメリカ軍が危険になる 。核攻撃はなく 、核報
復もない 。
在日米軍司令官にされたアメリカ人学生 ( 現役の空軍大佐 ) は 、この架空演習でい
ともあっさり言った 。
『 半島と列島の重要軍事基地 、港湾 、交通 、産業施設を可能なかぎり使用不可能
にし 、米軍は引きあげる 。撤退前に工作員を残し 、近い将来の反攻に備える 。な
お必要ならば 、撤退後 、敵の占領地区に爆撃と艦砲射撃を継続的に実施する 。』
日本政府の要人役を割り当てられていたわたしにコメントが求められた 。
『 客観的な状況判断とアメリカ側の考えかたからすれば 、ただいまの発言に異議
はない 。わたしも逆の立場なら 、そうする 。ただゲームを離れて主観的に申し上
げると 、アメリカ軍撤退後の爆撃作戦は中止していただきたい 』
ここでみな笑いだした 。かまわず 、わたしはつづけた 。
『 それと 、万一 、わたしが 、ほんとうに要人になれば 、このゲームを思い出し
て 、こういう事態を招かない防衛努力をするとともに 、アメリカへの客観的なク
ールな見かたを忘れないようにする 』
今度はだれも笑わなかった 。キッシンジャーの助手をしていたモートン・ハルぺ
リンが 、とりなすように言った 。
『 日本だけのことではない 。アジアの他の国でも 、ヨーロッパでも同じことだ 』
余談になるが 、このハルぺリンは 、のちに国防省次官補代理をへて 、国家安全保
障会議にはいり 、ウォーターゲート事件ではキッシンジャーを電話盗聴で告訴した 。
わたしなどは 、この師弟の皮肉な運命のめぐり合わせに 、おどろいたものだ 。」
( 出典 : 桃井 真 ( まこと ) 著 「 戦略 ( グランド・デザイン ) なき国家は 、挫折する
ー アメリカが見捨てる 、ソ連が牙 ( きば ) をむく 」 光文社 刊 )
他国のためにどの国も死ぬ気はない という国際関係のつめたい現実 。


右へ行こうか 、左へ行こか 、いっそ生垣のりこえて 。