今日の「 お気に入り 」は 、村上春樹さん ( 1949 - )
の随筆「 村上朝日堂 はいほー! 」( 新潮文庫 )
の中から 作家による「 食レポ 」 。
備忘のため と 今晩作る料理の参考にするために
抜き書き 。
引用はじめ 。
「『うさぎ亭 』には二種類の料理しかない 。ひと
つは日替り定食であり 、もうひとつはコロッケ
定食である 。」
「 どちらにもしじみの味噌汁とどんぶり一杯の
キャベツのせんぎりサラダがついてくるのだが 、
これが滅法うまい 。」
「 それから ぬかを洗いおとしたばかりの漬物も
たっぷりとついている 。いりたての胡麻をま
ぶしたホウレン草のおひたしとか 、スパゲッ
ティーときのこのあえものなんかが小鉢に盛ら
れて出てくる 。生きているみたいにぴちぴち
としたスパゲッティーと歯ごたえのある新鮮な
きのこの酢味噌あえで 、そのへんによくある
定食屋の間にあわせとはちょっとものが違う 。
もちろんこういったつけあわせは季節によって
変化する 。」
「 それから御飯は麦飯である 。この麦飯がざっ
くりとした肌ざわりの大ぶりの茶わんで出てく
ると 、香ばしい麦のにおいが店じゅうにぷん
とたちこめる 。僕はこの瞬間がたまらなく好
きである 。お茶はこれもまた香ばしいほうじ
茶( 夏は冷しはと麦茶 )が出てくる 。わり
箸は少し深めの色あいのきりっとした杉箸で 、
箸袋は鶯色の無地の和紙である 。」
「『 うさぎ亭 』のコロッケのうまさを文章で
表現するのは至難の業である 。皿にはかなり
大きめのコロッケが二個盛られて出てくるが 、
無数のパン粉が外に向けてピッピッとはじけ
るように粒だち 、油がしゅうしゅうと音を立
てて内側にしみこんでいくのが目に見える 。
これはもう芸術品と言ってもさしつかえない
だろう 。」
「 それを杉の箸できゅっと押さえつけるように
切りとって口にはこぶと 、ころもが かりっと
いう音を立て 、中のポテトと牛肉は はふはふ
と とろけるように熱い 。ポテトと牛肉以外
には何も入っていない 。思わず大地に頬ずり
したくなるような においたつ じゃが芋 ――
これは決してオーバーな表現ではない ―― と 、
主人が厳選して仕入れ 大きな包丁で みじんに切
った牛肉である 。味つけは材料の良さをいかす
ためにごくあっさりとしたものになっており 、
味が足りないと感じる人は自家製のソースをか
けるようになっている 。ソースは大きな壺に
入っており 、スプーンでそれをくんでかける
わけだが 、このソースがまた実にうまい 。
中にきざんだエシャロットが入っていて 、ち
ょっと形容のしようのない不思議な味だが 、
決して味があとに残らないし 、食べ飽きない 。
僕は二個のコロッケのうち一個をソースなし
で食べ 、もう一個はソースをかけて食べるこ
とに決めている 。ソースをかけて食べるのも
もったいないし 、ソースをかけないで食べる
のももったいないという微妙なところである 。
食事が終わるとまた新しいほうじ茶が出てく
る 。」
引用おわり 。
(o^―^o) (^▽^)/ (⌒∇⌒)
( ついでながらの
筆者註 : 以下 、作家による「 うさぎ亭 」の説明 。三 、四
十年前に書かれた作品 ( 小文のタイトルは「『 うさ
ぎ亭 』主人 」 ) であること 、お引っ越しの多い作家
であることからして 、「 うさぎ亭 」なるお店が 、
2024年の時点で 、現存する可能性はかなり低そう 。
でも 、そこで出される料理は とてもおいしそう 。
「『 うさぎ亭 』は僕のうちの近所にあって 、僕
はよくここに昼ごはんを食べに行く 。十人客が
入ればいっぱいになるカウンターだけの小さな店
だが 、いっぱいになることはまずない 。店構え
もごく普通の民家みたいだし 、表には看板も出て
いない 。入口のわきに『 洋風定食・うさぎ亭 』
という小さな表札がかかっているだけである 。
要するにすごくひっそりと営業をしているわけだ 。」
「『 うさぎ亭 』の主人は謎の人である 。歳は
四十代半ばくらいで 、がっちりとした体つき
をしており 、愛想は悪くないが無口 、頑固
だが押しつけがましくないというなかなか好
ましい性格である 。首筋に五センチばかりの
長さの刃物によるものらしい傷あとがあるが 、
自分のことについてはほとんど喋らない 。僕
としても食べものさえうまければ 、主人の生
いたちなんてべつにどうでもいい 。」
「『 うさぎ亭 』ではいつも主人が一人で働い
ている 。彼が一人で仕込みをし 、料理を作
り 、お茶をいれる 。彼の働き方は見た目が
とても良い 。てきぱきとしていて 、しかも
あわただしいという感じがない 。」
以上 。)
!(^^)!
( ´_ゝ`)