「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2009・11・04

2009-11-04 08:25:00 | Weblog
今日の「お気に入り」。

  「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
   淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく
   とどまりたる例(ためし)なし。

   世中(よのなか)にある、人と栖(すみか)と、またかくのごとし。
   たましきの都のうちに、棟を並べ、甍(いらか)を争える、
   高き、いやしき、人の住いは、世々を経て尽きせぬものなれど、
   これをまことかと尋ぬれば、昔しありし家は稀なり。或は去年
   (こぞ)焼けて今年作れり。或は大家亡びて小家となる。
   住む人もこれに同じ。所も変らず、人も多かれど、いにしえ
   見し人は、二三十人が中に、わずかにひとりふたりなり。
   朝(あした)に死に、夕(ゆうべ)に生るるならい、ただ水の泡
   にぞ似たりける。

   不知(しらず)、生れ死ぬる人、何方(いずかた)より来たりて、
   何方へか去る。また不知、仮の宿り、誰が為にか心を悩まし、
   何によりてか目を喜ばしむる。
   その、主(あるじ)と栖(すみか)と、無常を争うさま、いわば
   あさがおの露に異ならず。或は露落ちて花残れり。残ると
   いえども朝日に枯れぬ。或は花しぼみて露なお消えず。
   消えずといえども夕(ゆうべ)を待つ事なし。」

                    (鴨長明「方丈記」)
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2009・11・03

2009-11-03 09:25:00 | Weblog
今日の「お気に入り」。


  「持(じ)してこれを盈(みた)すはその已(や)むに如(し)かず。
   揣(きた)えてこれを鋭くすれば長く保つ可(べ)からず
   金玉堂に満つればこれを能(よ)く守る莫(な)し。
   富貴にして驕れば自(おのずか)らその咎(とが)を遺(のこ)す。
   功成り名遂げて身退くは天の道なり。」

                           (老子)
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2009・11・02

2009-11-02 14:00:00 | Weblog
今日の「お気に入り」。


 「上善は水の如し。
  水善(よ)く万物を利して争わず。
  衆人の悪(にく)む所に処(お)る。
  故に道に幾(ちか)し。
  居には地を善しとし、心は淵(えん)なるを善しとし、
  与うるには仁なるを善しとし、
  言は信なるを善しとし、政は治まるを善しとし、
  事には能なるを善しとし、
  動くには時なるを善しとす。
  夫(そ)れ唯争わず、故に尤(とが)なし」

                   (老子)
  
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2009・11・01

2009-11-01 06:45:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、佐藤春夫(1892-1964)作「春夫詩抄」から「秋刀魚の歌」。

  
  あはれ
  秋かぜよ
  情(こころ)あらば傳へてよ
  ――男ありて
  夕餉(ゆふげ)に ひとり
  さんまを食らひて
  思ひにふける と。

  さんま、さんま、
  そが上に青き蜜柑の酸(す)をしたたらせて
  さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
  そのならひをあやしみなつかしみて 女は
  いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉にむかひけむ。
  あはれ、人に棄てられんとする人妻と
  妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
  愛うすき父を有(も)ちし女の兒は
  小さき箸をあやつりなやみつつ
  父ならぬ男にさんまの腸(わた)をくれむと言ふにあらずや。

  あはれ
  秋かぜよ
  汝(なれ)こそは見つらめ
  世のつねならぬかの團欒(まとゐ)を。
  いかに
  秋かぜよ
  いとせめて證(あかし)せよ、
  かのひとときの團欒(まとゐ)ゆめに非ず と。

  あはれ
  秋かぜよ
  情(こころ)あらば傳へてよ、
  夫(をつと)に去られざりし妻と
  父を失はざりし幼兒(をさなご)とに
  傳へてよ
  ――男ありて
  夕餉に ひとり
  さんまを食らひて
  涙をながす と。

  さんま、さんま、
  さんま苦(にが)いか鹽つぱいか。
  そが上に熱き涙をしたたらせて
  さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
  あはれ
  げにそは問はまほしくをかし。
  
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