今日の「お気に入り」は、中野孝次さん(1925-2004)の著書「ローマの哲人 セネカの言葉」より。
「あなたの苦しみは、もしそれになんらかの意味があるとしたら、それはあなた御自身の不幸に
関わっているのですか、それとも亡くなった方に関わっているのですか? 息子を失ったことで
あなたの心を動かしているのは、彼から何の喜びも受けなかったということですか、それとも、
もし彼がもっと長く生きていたら、彼からもっと大きな喜びを得られたろうにということですか?
もしあなたが彼から何の喜びも得ていないと言われるなら、あなたは失ったことをもっと楽に
堪えられたでしょう。なぜといって人間は、自分が何の喜びも楽しみも感じないものを慕ったり
しないからです。
しかし、もしあなたが大きな喜びを得ていたとお認めになるなら、それが奪いとられたことを
あなたは嘆くべきでなく、すでにそれを得ていることを感謝しなければなりません。なぜなら、
息子を育てること自体が、あなたの御苦労に対する大変な報酬だからです。あなたはまさか、犬
とか鳥とか、その他のつまらぬペットを世話する人たちが、見たり、触ったり、物言わぬ生きも
のの甘えるさまに一種の喜びを覚えるのに対し、人間の子を育てる人たちには、育てることの喜
びは育てること自体にはない、とおっしゃるのではないでしょうね。仮に彼の熱心な勉強ぶりが
あなたに何ももたらさず、彼の誠実さが目につかず、彼の賢さがあなたに何も語りかけなかった
としても――あなたが彼を息子に持ったこと、彼を愛したこと、まさにそのこと自体が報酬なの
です。
『しかし、彼はもっと長く生きることができたでしょうに』とおっしゃるのですか。そうかも
しれませんが、にもかかわらずあなたは、そもそも彼という者を授からなかった場合を思えば、
それよりはるかによい目に遭われたのですよ。長くはなくとも幸福である方がいいか、ぜんぜん
幸福を味わわないのがいいか、という選択を迫られたら、あなたはどうなさいますか。たとえ間
もなく去ってゆく幸福であっても、恵まれた方がそれを恵まれないよりはるかによいのではない
でしょうか。
『マルキアへの慰め』12-1~3」
(中野孝次著「ローマの哲人 セネカの言葉」岩波書店刊 所収)
「あなたの苦しみは、もしそれになんらかの意味があるとしたら、それはあなた御自身の不幸に
関わっているのですか、それとも亡くなった方に関わっているのですか? 息子を失ったことで
あなたの心を動かしているのは、彼から何の喜びも受けなかったということですか、それとも、
もし彼がもっと長く生きていたら、彼からもっと大きな喜びを得られたろうにということですか?
もしあなたが彼から何の喜びも得ていないと言われるなら、あなたは失ったことをもっと楽に
堪えられたでしょう。なぜといって人間は、自分が何の喜びも楽しみも感じないものを慕ったり
しないからです。
しかし、もしあなたが大きな喜びを得ていたとお認めになるなら、それが奪いとられたことを
あなたは嘆くべきでなく、すでにそれを得ていることを感謝しなければなりません。なぜなら、
息子を育てること自体が、あなたの御苦労に対する大変な報酬だからです。あなたはまさか、犬
とか鳥とか、その他のつまらぬペットを世話する人たちが、見たり、触ったり、物言わぬ生きも
のの甘えるさまに一種の喜びを覚えるのに対し、人間の子を育てる人たちには、育てることの喜
びは育てること自体にはない、とおっしゃるのではないでしょうね。仮に彼の熱心な勉強ぶりが
あなたに何ももたらさず、彼の誠実さが目につかず、彼の賢さがあなたに何も語りかけなかった
としても――あなたが彼を息子に持ったこと、彼を愛したこと、まさにそのこと自体が報酬なの
です。
『しかし、彼はもっと長く生きることができたでしょうに』とおっしゃるのですか。そうかも
しれませんが、にもかかわらずあなたは、そもそも彼という者を授からなかった場合を思えば、
それよりはるかによい目に遭われたのですよ。長くはなくとも幸福である方がいいか、ぜんぜん
幸福を味わわないのがいいか、という選択を迫られたら、あなたはどうなさいますか。たとえ間
もなく去ってゆく幸福であっても、恵まれた方がそれを恵まれないよりはるかによいのではない
でしょうか。
『マルキアへの慰め』12-1~3」
(中野孝次著「ローマの哲人 セネカの言葉」岩波書店刊 所収)