今日の「お気に入り」。
「 先頃読んだ一冊に、石ノ森章太郎著の『レオナルド・ダ・ビンチになりたかっ
た』というのがあった。その中のある箇所を読みながら、私は微笑してしまった
のだ。
── どうせおなじ人生なら、豊饒(ほうじょう)であるにこしたことはない。レ
オナルド・ダ・ビンチは、一四五二年四月十五日の夜に生れた。コロンブスがア
メリカを発見する四十年前。イタリアの小さな村でだった。母親の名前は記録に
ない。つまり、父親がどこかの女性に産ませて、ひきとって育てた子 ”私生児”
である。
そんな環境、そだちが、その後のレオナルドの一生に、なんらかの影響をあた
えたかどうかは、わからない。だから、絵を描くようになった。だから、孤独
ぐせや頑固さが身についた、だから、生涯独身だった。
いくらでもいえるだろうが、推測にすぎない。こじつけて断定すれば、下司の
勘ぐりになるだろう。もしかしたら、往時は、こんなそだち方はさほどかわっ
たことではなく、あとに傷をのこすようなことではなかった、かもしれないの
だ。
いずれにしろ、その生き方や業績をみれば、むしろプラスに作用した、とみて
いいだろう。・・・(中略)・・・
挫折(ざせつ)感や苦悩、悲哀、そして計算や名誉欲といった、われわれ俗人の
もつとおなじような弱さを、レオナルド・ダ・ビンチも持っていたのだ。
なのに、彼は万能の天才だった。 ──
傍線をつけたのは、石ノ森氏でなくて、私である。なぜなら、その箇所は、私
もまったく同感だったからである。 」
( 塩野七生著「想いの軌跡」(新潮文庫)新潮社刊 所収 )