今日の「お気に入り」。
「 私の考えでは、国家ないし民族は、大別すれば二種に分類できるのではないかと
思う。
第一種は、あらゆる手はつくしたにかかわらず、衰退を免れることはできなか
った国家。俗に言えば、天寿をまっとうしたと言える国家(レス・プブリカ)で
ある。古代のローマ、中世のヴェネツィアは、私の考えではこの種に属す。
第二種は、持てる力を活用しきれなかったがゆえに衰退してしまった国家だ
から、天寿をまっとうしたとは言えない夭折組(ようせつぐみ)に属す。その
典型は、古代ギリシアのアテネと中世のフィレンツェだろう。 」
「 史書の傑作が生れる条件の一つは、書き手の心中がいきどおりや強烈な怒り
で破裂しそうになっていることにある。」
「 フィレンツェ市民のマキアヴェッリには、『質』では優れているフィレンツェ
共和国もふくむルネサンス・イタリアが、なぜフランスをはじめとする『量』
に敗れるのかという、他に転嫁しようもないいきどおりがあったのである。
反対に、ローマ最高の史家とされているタキトゥスには、ペシミズムはあっ
ても怒りはなく、ヴェネツィア共和国には、冷静な記録者は生れても、マキ
アヴェッリに匹敵する歴史家は生れなかった。
いきどおりや怒りは、もともとからして力量のない者には向けられないので
ある。力はあるのにその活用を知らなかった者に対してならば、ぶつけるに
値する感情ではあるけれど。」
( 塩野七生著「想いの軌跡」(新潮文庫)新潮社刊 所収 )