どんなものにも
センスが必要だ、と思う。
このセンスというのは
「ものごとの感じ方」とか、「捉えかた」とかいう感じ。
たとえば、
「あの人には絵のセンスがある」というようなときは
『ものごとから何をどう感じ取ってこういう絵にしたのか』を指してると思うし、
「あの人の絵にはセンスを感じる」というようなときには
『ものごとを絵にするときのその切り取り方』という面を意識してるような気がする。
んで、
自民党の勉強会で
主催者が「安倍さんを応援する会」だという文化芸術懇話会での今回の百田さんの発言。
「沖縄の二つの新聞社は絶対につぶさなあかん」
「米兵が犯したレイプ犯罪よりも、沖縄人自身が起こしたレイプ犯罪のほうがはるかに率が高い」
などと言ったらしい。
まあ、
どんな人がどんな考えを持つのはその人の自由だし、権利でもあるからそこはしょうがないんだけど、
基本的に百田さんにはNHK経営委員だったころの発言も含め、
「人としてのセンスが足りないなあ」と感じる。
つまり、これを聞いて人がどう感じるか、というところまでイマイチ思いが至ってないんだよね。
もちろん、自分の感覚と近い人が聞いたら「受ける」んだろうけど
それはつまり『楽屋ネタ』に過ぎないんであって、
人としてのセンスとはちょっと違うんだよね。
まあ、しかし、
こういう発言を、わざと意識的におこなっているんであればそれはそれですごいなと思うんだけど、
あとで「冗談のつもりだった」とか言い訳してるところを見ると
そうでもないみたいだし、
ただ単に彼の「人としてのセンスのなさ」の現れなんだろうと思う。
彼の書いた書籍は読んだことないけど
これからも読もうという気が起きないよね、こんな調子じゃ。
きっと人の気持ちを揺るがすような物語は書けないんじゃないのかと思う。
読まずに言うのは基本的に反則だとは思うんだけど
この発言はホントに沖縄の人に失礼だと思う。
冗談なら自分のことをネタにしろよと言いたい。(苦笑)
他人のことをネタにするんじゃないよ、まったく。
センスが必要だ、と思う。
このセンスというのは
「ものごとの感じ方」とか、「捉えかた」とかいう感じ。
たとえば、
「あの人には絵のセンスがある」というようなときは
『ものごとから何をどう感じ取ってこういう絵にしたのか』を指してると思うし、
「あの人の絵にはセンスを感じる」というようなときには
『ものごとを絵にするときのその切り取り方』という面を意識してるような気がする。
んで、
自民党の勉強会で
主催者が「安倍さんを応援する会」だという文化芸術懇話会での今回の百田さんの発言。
「沖縄の二つの新聞社は絶対につぶさなあかん」
「米兵が犯したレイプ犯罪よりも、沖縄人自身が起こしたレイプ犯罪のほうがはるかに率が高い」
などと言ったらしい。
まあ、
どんな人がどんな考えを持つのはその人の自由だし、権利でもあるからそこはしょうがないんだけど、
基本的に百田さんにはNHK経営委員だったころの発言も含め、
「人としてのセンスが足りないなあ」と感じる。
つまり、これを聞いて人がどう感じるか、というところまでイマイチ思いが至ってないんだよね。
もちろん、自分の感覚と近い人が聞いたら「受ける」んだろうけど
それはつまり『楽屋ネタ』に過ぎないんであって、
人としてのセンスとはちょっと違うんだよね。
まあ、しかし、
こういう発言を、わざと意識的におこなっているんであればそれはそれですごいなと思うんだけど、
あとで「冗談のつもりだった」とか言い訳してるところを見ると
そうでもないみたいだし、
ただ単に彼の「人としてのセンスのなさ」の現れなんだろうと思う。
彼の書いた書籍は読んだことないけど
これからも読もうという気が起きないよね、こんな調子じゃ。
きっと人の気持ちを揺るがすような物語は書けないんじゃないのかと思う。
読まずに言うのは基本的に反則だとは思うんだけど
この発言はホントに沖縄の人に失礼だと思う。
冗談なら自分のことをネタにしろよと言いたい。(苦笑)
他人のことをネタにするんじゃないよ、まったく。