闇夜の烏の変な世界

とりあえず、何にでも興味持ちますw
日々、気になった事を日記感覚でアップしてみようかと。

ネコヤナギ遅すぎて爆発(笑

2014-03-15 23:54:00 | 日記

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こちらは庭の端にあるネコヤナギ。

雪をバンバン上に積んでしまったため、枝が折れたりしましたが基本強いですね。

挿し木で簡単に根が付くので、以前住んでいた家から持ってきた。

もう少し早くカメラを向けられれば良かったのですが、既に開き切って爆発状態~。

昔からこのネコヤナギって何か好きなんですよね。

葉の無い時にこの白いモケモケ、何かイイ♪ 

70mmで撮影。


梅が咲いた

2014-03-15 23:48:00 | 日記

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お向かいの梅に花が咲いた。

今日は日中、14℃を越えてポカポカ陽気に。

午後から風が出てきて肌寒くなったものの、こんな所に春の足音を見つけられる。

久しぶりに引っ張り出したEOS 60D(EF-S 15-85mm F3.5-5.6)はAFがうまく操作できずMFに挑戦。

何か昔を思い出してMF、面白い♪

この画は85mm望遠端で撮影。

未熟さ溢れる一枚~(涙。


記録ドラマ作るなら本気でお願い… 東京大空襲

2014-03-15 22:19:00 | 日記

​東京大空襲をテーマにした番組を見た。

あれじゃそこ等のドラマと大差無く残念でした。

セットは大掛かりだけど、俳優のセリフや表現力が「戦争」を表現するにはあまりに貧疎で安すぎる。

最近特に思うのは、戦争を知らない、真面目に向き合った事の無い役者や監督が作る限界がああいった形で表れてる気が。

勿論、私が生まれたのは終戦から20年以上過ぎてるから戦争は知りません。

でも昔のドラマや映画は戦争の怖さや悲惨さをビリビリと伝えるものが多かった。

今が平和な世の中になったという事なら歓迎すべき事ですが、表現するのが仕事な役者があの程度とはちょっと複雑。

生死の境に居る人間、その魂の叫びが台詞に全く感じられないから実感が伝わらない、それは如何なものだろう。

昨年他界した父は東京の下町で「東京大空襲」を経験、九死に一生で辛うじて生き延び、新潟県十日町へ疎開するも、その地獄の光景に中学生まで夜中に失禁したと語っていた、地獄を見たのである。

その父の葬儀時、実際に父の手を引いて猛火の中を逃げたという親戚と初めて電話で話した。

その時の東京は一面火の海で、足元にはガレキだけでなく累々と死体が折り重なっていたという。

逃げるため、その仏様を乗り越えてでも前に進むしか無く、手足は人の油でヌルヌルになったそうです。

防空壕や建物に逃げた知人は殆ど亡くなり、力の限り逃げた父達が助かったのは奇跡だったという。

今でも都内の有名な橋を見ると父の話しを思い出す。

火から逃げようと川に身を投げた人が沢山浮いてただけでなく、橋の上で折り重なって焼かれた人が真っ黒なドロドロの塊になって足元をすくったのだという。

今じゃとてもそんな光景は想像できないが、父が経験したその地獄は実際にあった「事実」だ。

叔父の証言も父と一致している。

人の焼ける匂い、光景、いつ自分も死ぬか怯える恐怖、戦争とはそういうモノだ。

シベリアに抑留された叔父もいた。

皆、一様に同じ事を言った。

「何があっても二度と戦争だけはしてはならない!」。

これが自分にとって戦争だけはすることも関わる事も絶対に許さないという思想を持つ元になったとおもう。

今、緊張高まるアジア圏だが絶対に戦争だけは避けて欲しいと心底思う。

まるで自国だけが戦争被害者であるかのように集り巻き上げようとする国々に怒りは持つが、その挑発で戦争になるならスルーするほうが望ましい。

日本には「負けるが勝ち」という言葉があるが、これは民度を表す良い言葉だと思う。

勝つ事だけが勝者ではない事、これが理解できれば意図せず未来を奪われた悲劇を繰り返さない道を見つけられるのではと願わずにいられない。