約束どおり叔父シローの墓参り。
新緑の雑木山がほっくらと膨らみ
何処からかそよ風に乗って、昼の揚げ物の匂いがしてくる。
花を供え、缶ビールの栓を抜いたとたん
どうしたことか! 蛙が一斉に鳴きだした。
あまりに突然のことで、ぼくの方が驚いたくらいだ。
水を張ったばかりの田圃がにぎやかになって
いかにも叔父シローが喜んでいるようにも感じられた。
昔は、墓の前に立っても何ら感慨が湧くことはなかったが
歳の所為だろうか、この頃はすこし思いが変わってきたようだ。
二、三本の雑草を抜き、墓碑を撫でたりしていると
急に体の中に爽やかな風が吹き込んできて
あちらの世界との交信がスイッチONされたような気配がする。
いくぶん体が軽くなるような気もするのである。
そう言えば、叔父シローが初めてぼくに贈ってくれた本が
『ノンちゃん雲に乗る』であった。
叔父からのプレゼントというのは、親からのそれとはちがう
何か特別の感慨があって
50年経った現在でも忘れることのできない
うれしい想い出である。
*「ノンちゃん雲に乗る」 石井桃子著 1947年初版本
1951年第一回芸術選奨の文部大臣賞
捨てられしままに水仙咲きにけり やす